信心決定した人には煩悩はなくなるのか

問い・浄土真宗・親鸞会 浄土真宗講座信ずる一念に過去、現在、未来の三世の業障が一時に消滅するとおっしゃいますが、信心決定した後は煩悩や悪業がなくなるのでしょうか。

答え・浄土真宗・親鸞会 浄土真宗講座蓮如上人が『御文章』に「三世の業障一時に罪消えて」とおっしゃっています。

この一念で消える罪とは、欲や、怒りや、愚痴、いわゆる煩悩や悪業のことではないのです。

一 般の仏教では、煩悩や悪業を最も恐ろしい罪悪といいますが、浄土真宗では、阿弥陀仏の本願を疑う心ほど恐ろしい罪はないのです。今まで、私たちが迷い苦し んできたのも、現に苦悩渦巻いているのも、未来また無限の苦患を受けなければならぬのも、その原因(罪)は、阿弥陀仏の本願を疑う心、ただ1つによるので す。

『正信偈』に

「生死輪転の家に還来することは、決するに疑情をもって所止と為す」

とか、『和讃』に

「仏智、疑う罪深し」

とおっしゃっているのも、みなそのことなのです。

本願を疑う心を自力の心とも申します。この心は種々な相になってあらわれます。

「ああはおっしゃれども、本当かしら」
「ひょっとしたら助からんのではなかろうか」
「もう少しなんとかなれそうなものだ」
「なんとかなりたい」
「もう少しハッキリしたい」

こ のような心は、みんな阿弥陀仏の本願を疑っている心です。しかもこの心、この罪1つによって三世を流転するのだと親鸞聖人は教えられています。この罪は人 を1,000人殺したよりも、父母を殺害した罪よりも、もっともっと恐ろしい罪なのです。この疑心が晴れない限り、何人といえども絶対に助かるということ がありません。ツユチリほどでも、この疑心あっては助からないと蓮如上人は教えていられるとおりです。

欲や怒りや、愚痴や殺生や邪淫業の罪で流転するのではないのです。我々が聞法精進するのは、この三世を迷わす本願疑惑心、自力疑心を打ち破るためのものです。そのほかに聞法の目的はありません。

生 命をかけて聞法する者には、阿弥陀仏の呼び声が心底に響き渡って聞こえる時があります。この時を一念発起と申します。その一念に今まで張りつめていた本願 疑惑の一切が晴れ渡り、明信仏智、破闇満願とツユチリの疑心もなく晴れ渡りますから、三世の業障が一時に罪消えるとおっしゃったのです。

それからは、煩悩や悪業は随犯随懺照らされ知らされて、煩悩即菩提と喜びの源泉と変わりますが、煩悩や身口意の三業で造る悪業は減りも増えもしません。もちろん、なくなるものではありません。

聖人が『和讃』に
「罪障功徳の体となる、氷と水の如くにて、氷多きに水多し、障り多きに徳多し」とお喜びになった心もそこにあります。

 

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