親鸞会 正信偈の勉強会の案内

(この勉強会は、よくある語句の解説だけの冷たいものではありません。
親鸞聖人の熱い心を伝えるものです。
そのため、誰でも受け止められるわけではないことをあらかじめご了承下さい)

10年たっても死んだ妻のことが
忘れられないんです。

 

 それは、秋のカラオケ大会のことでした。
  妻が歌い終わって、席に戻った途端、突然、
  「気分が悪い」
  と倒れたのです。
  意識がなくなって、救急車で運ばれましたが、
 4日後に息を引き取りました。
  クモ膜下出血でした。
 何が起きたのか分からず、ぼう然としている私の目の前で
  妻は亡くなったのです。

  人間の「いのち」のはかなさ、死を前にした人間の無力さを痛感しました。

あなたは大切な人を失った日
どんな気持ちでしたでしょうか?


 通夜の夜、妻の棺の前で、
「きみょうむりょうじゅにょらい…」
 『正信偈』を拝読していると、
  在りし日の思い出がよみがえってきます。

  あなたは大切な人を失った日、どんな気持ちだったでしょうか。

  その悲しみは、とても言葉で言い表せません。
 楽しい時もありました。
  悲しい時もありました。
  でも、どんな時もともに苦難を乗り越えてきたのです。
 そんなともに過ごした時間を思い起こすたび、涙があふれてきます。  

どんなにあの日に戻りたくても、
もう戻ることはできません。

 

 「会うは別れのはじめ
  といわれますが、
  今生に家族となって苦労をともにしてきた大切な人と、
  二度と会えない身になってしまったのです。

 命ある間に、言いたかったこと、してやりたかったことも、
  もはやかなわない。
 突然、妻が目の前から消えてしまった悲しみに、
 遺影を見ては、仏壇の前で泣きました。


 しかし、どれだけ泣いても妻は帰ってこない。
 今の自分には、供養をしてやることしかできない。

  それから、今まであげたことのない親鸞聖人の書かれた『正信偈』を
  お仏前であげるようになったのです。

親鸞聖人は、あなたの心にしみ通るような
お優しい気持ちで語りかけてくださいます。


毎日、毎日、『正信偈』をあげているうちに、
だんだんと心が安らぐようになりました。


不思議に思い、
正信偈』には一体どんなことが書かれているのだろう
正信偈』の意味が無性に知りたいと思うようになったのです。

寺の坊さんに聞いてみても、
「意味が知りたければ、『正信偈』を解説されている本があるから、
それを読んでください」
という返事でした。
その本を読んでみても、難しくてよく分からない。
どうすればよいのか。

探し続けるうち、あっという間に10年ほどが過ぎてしまいました。

その間、いろいろな本を読んだり話を聞きに行きましたが、
正信偈』の意味は、よく分かりませんでした。

ところがついに、『正信偈』の意味が分かる勉強会に出会ったのです。

あなたはもうご存じでしょうか?


 今年の1月、通信教育か何か、自分で学べるものがないかと、
毎日届く新聞を見ていた時、親鸞会のチラシが目に飛び込んで来たのです。

これだ。もしかしたら『正信偈』の意味が分かるかもしれない

と勉強会に駆けつけました。
話を聞いて驚きました。
まさしく、知りたかった『正信偈』の意味が
とてもよく分かる勉強会だったからです。

正信偈』に何が書かれているのか、どうして心が落ち着くのか、
疑問が氷解しました。

親鸞聖人は『正信偈』に
何を書かれたのでしょうか。


 一言で言うと、『正信偈』には
「何としてもあなたを助けてやりたい」
 という阿弥陀仏の願いが記されていたのです。


  仏は、
すべての人の苦しみは私の苦しみ、
 すべての人の幸せが私の幸せ、

 何とか苦しみを抜いてやりたい

 と苦しむ人ほど哀れみをかけられるのだそうです。

確かに
人間の親でさえ、子供に対する深い愛情は、
できのよい子より悪い子、
器量のよい娘より悪い娘にかかります。

 できのよい子なら、いくらでも自分で生きていけるだろうが、
 できの悪い子ほど、
「この子は将来どうして生きていくんだろう」
 と心配になるものです。

ましてや大慈悲心の仏さま。

 仏の慈悲は苦しむ者にひとえに重し
 苦悩の人こそが仏さまのお目当て。
  決して、苦しむ者をお見捨てにはならないのです。

 今まで意味も分からず『正信偈』を読んでいて、
 とても申し訳なく思いました。

 
 それにしてもどうして、親鸞聖人はこんなすごい
何としてもあなたを助けてやりたい
 という仏さまの願いを知られたのでしょうか。

親鸞聖人ご自身が、世のはかなさと
人間の悲しさに驚かれたのです。


 今日世界の光といわれる親鸞聖人もやはり、
 世のはかなさと、欲や怒りの煩悩にまみれた人間の姿を見つめられ、
 深く苦しまれたのです。

 約800年前の平安末期、
 藤原家にお生まれになられた親鸞聖人は、
 4歳でお父さんを、
 8歳でお母さんを亡くされました。

 天涯孤独の身になられた親鸞聖人は、
次に死ぬのは自分の番だ。
 死ねばどこへいくのだろう

 真っ暗な心に驚かれ、
 「この心、なんとか明るくなりたい」
 と9歳で仏門に入られました。
 
 ところが、修行で煩悩をなくし、さとりをえようとなされた親鸞聖人は、
 逆に仏教を求めれば求めるほど、
 煩悩に汚れた自分の心の姿を知らされたのです。


 20年間の血のにじむご修行の末、
 抑えようとすればするほど吹き上がる煩悩に、
自分のような者は、修行によって
 煩悩をなくす教えでは助からない

 と絶望されました。


 泣く泣く山を下りられた聖人は、
 法然上人に巡り会われ、
 真実の仏教である阿弥陀仏の本当の願いを
 聞かれるようになったのです。

 そして最後、ありのままの姿がすべて照らし抜かれた時、
どんな極悪人でも、我を信じよ、必ず平生に救い切る
という仏の願いに救い摂られたのです。

 親鸞聖人29歳の春のことでした。

自分ほど悪い者はない、極悪最下の親鸞であった。
と知らされた親鸞聖人は、それから一生涯、
この最低の親鸞さえ救い摂られたのだから
この世で救われない人がありましょうか。
あなたも早く、仏の願いを聞いてください

と、すべての人が煩悩あるがままで救われる真実の仏教を
私たちのために伝え続けてくだされたのです。

親鸞聖人が説き明かされた
すべての人の「真の生きる道」


 このように親鸞聖人は、私たちに寄り添って、
 どんな人も救われる、真実の仏教を明らかにしてくだされたのです。


 山で修行をする仏教は、人を選びます。
 経典を学ぶ知恵のない者、
 修行に耐える精神力のない者は求められません。
 欲や怒りのおさまらぬ者は、救われないということです。

 しかし私たちの浄土真宗は違います。

 欲のやまぬ者も来い、怒りの起こる者も来い。
 愚かな人も、賢い人も、男も女も、全く差別がありません。
 善人も悪人も、みな平等に救われるのです。
 それは、阿弥陀仏が、
「すべての人を煩悩あるがままで救う」
 というお約束をなされているからです。

 それは、貴族から武士の世の中へと急激に移り変わる
 今と同じ激動の時代。

 親鸞聖人は、貴族のお生まれでありながら、
 貴族や一部の者に独占されていた仏の救いを、
 はじめて万人の手の届くところに開いてくださいました。


 欲や怒りの煩悩を、減らしも無くしもしないままで体験できる
 すべての人の「真の生きる道」を開かれたのです。

そんな親鸞聖人の他力至極の信心が
詩情となってほとばしり出たのが『正信偈』です


 その親鸞聖人90年の教えが凝縮した『正信偈』は、
 親鸞聖人が一字書かれては一粒の涙を流され、一字一涙の思いで、
 「必ずあなたを助けてみせる
 という仏さまの願いを伝えてくだされたものだったのです。

 しかも、私たちが誰でも口ずさめるように、
 歌の形であらわしてくださいました。

  そして今日、多くの人々が、
 『正信偈』を、朝晩、拝読しているのです。


 その『正信偈』に歌われた阿弥陀仏の広大な願いを、
 あなたも勉強会で分かりやすく聞くことができるのです。


 勉強会には、以前、アメリカの浄土真宗の権威、ロジャース教授も来られたそうです。

アメリカの権威も感動の純粋さ


親鸞会 ロジャース教授

 ロジャース教授は、浄土真宗中興の祖、蓮如上人を20年以上も研究し、蓮如上人の代表作の『御文章』を全訳しています。
(写真はロジャース教授ご夫妻)

 約500年前、本堂が30畳の、廃れ切った本願寺を引き継がれた蓮如上人は、御文章をはじめとする、教えを伝えるうえでの様々な革新によって、一代で浄土真宗を再興され、 今日、日本最大の宗派(二千万門徒、二万カ寺)といわれる浄土真宗の基礎を築かれました。

 その蓮如上人研究の第一人者、ロジャース教授は、蓮如上人に関する論文執筆中、日本を訪れた際に親鸞会の勉強会に参加され、このように語っています。



親鸞会は蓮如上人の遺産

大変分かり易いです。
若い人が多く、親鸞会は(真宗の)再興会ですね。
ここには教えに統一された純粋なものを感じます。
親鸞会蓮如上人の遺産と思います。(ロジャース教授



 蓮如上人の『御文章』を全訳した蓮如上人研究の第一人者が、
蓮如上人の遺産」と評したのは、
実際に勉強会に参加し、学者としてのまなざしで、
親鸞会の本質を見抜いたからかもしれません。

知識人ほど高く評価する
ほとんど知られていないたった一つの理由


 このような、知識人さえも高く評価する、勉強会の特徴は一体何なのでしょうか。

何回か勉強会に参加しているうちに特に印象に残ったのは
親鸞聖人のお言葉の意味を説明されることです。

 別に何か特別なことではありません。
 ただひたすら、親鸞聖人のお言葉を示して、
 その意味をできるだけ分かりやすく、解説しているだけ
なのです。

 むしろそれによって、伝統的な親鸞聖人の教えを、
 純粋に、誰でも分かりやすく学ぶことができるのかもしれません。

 私がはじめて行った勉強会の講師は30歳前後で、
 私の子供より若いくらいだったのですが、
 『正信偈』の意味を全部分かっているようで、
 仏教の基礎から『正信偈』の深い内容を丁寧に解説してくれました。

  例えばこのような内容です。

 一回の勉強会では、『正信偈』の一行や、場合によっては一文字についての詳しい解説ですが、若い講師がこんなことを話してくれるので、もっと経験のある講師なら、一体どうなってしまうのかと、とにかく驚きました。

 あっという間に1時間半の勉強会が終わり、講師に質問すると、優しく分かりやすく教えてくれて、とてもよく分かりました。

 ほかにも、勉強会には初めての方や最近来られるようになった方がたくさんおられ、今まで知りたかった『正信偈』の本当の意味を初めて知った、衝撃と感動を私に語ってくれました。一部を紹介します。

知りたかった『正信偈』の意味が
初めて分かった感動の声


 
 
 
 

こんなに分かりやすく解説してもらえるとは

「昔から、なぜか親鸞聖人に心引かれておりました」
講演が始まると驚きの連続。親しんできた『正信偈』の意味を、こんなに分かりやすく解説してもらえるとは思っていなかった。
初めて聖人のみ教えに触れた気がして、漠然と好きでいた聖人への思いが、深い敬慕に変わっていった。

 
 
 
 

 
 
 
 

嬉しくて泣けて泣けて仕方が ありません

 嬉しくて泣けて泣けて仕方がありませんでした。聞けば聞くほど深い内容にひきこまれ、だんだんと親鸞聖人の教えが伝わってきたようで嬉しく思います。

 
 
 
 

 
 
 
 

素人にも分かりやすい親切な解説に感謝

大変勉強になります。1日のスタートとして勤行を欠かさず続けておりますが、最初は意味も分からず、ただ読み上げるばかりでした。最近は教えをかみしめながら楽しく勤行できるようになりました。専門書では仏教用語が多く、理解するのになかなか難しい面もありますが、素人にも分かりやすい親切な解説に感謝しております。朝夕の日課として勤行を続けながら、さらに聖人の「こころ」を読むことに努め、家族や法友にも広めて、ともに喜びを分かち合いたいと思います。

 
 
 
 

 
 
 
 

探し求めていたものがやっと見つかった

年齢とともに、仏事に参列することが多くなってきました。『正信偈』の意味も分からず皆さんと口ずさんでおり、「帰命無量寿如来 南無不可思議光」って何だ?と思ったことがきっかけでした。いつも頭の中に「何を調べたら分かるのだろうか」と思っていたところ、昨年11月、この講座を知りました。平日の午後の部に行き、お話を聞いていて、「ああ、私の求めていたものだ」と、心に深く入り込みました。「私の探し求めていたものがやっと見つかった」と、心が安らぐのを感じ、今日に至っております。

 
 
 
 

 
 
 
 

うれしい、勉強会が楽しみです。

ここ2年間、役員の大役を引き受けました。でも、『正信偈』のおつとめをしても、意味がほとんど分からないままでした。そんな折、勉強会に参加して、本当に勉強になっています。うれしくて、勉強会が楽しみです。

 
 
 
 

 
 
 
 

一歩前進したような気が

今日、『正信偈』の言葉に、意味があることを初めて知りました。
今日は一歩前進したような気がします。

 
 
 
 

 
 
 
 

時々見ては大変感動して喜んでいます。

正信偈』を半紙に清書し、朝や夕方に拝読させていただいていますが、別にもう一つ清書したものに、勉強会で教えていただいた正信偈』の意味を、行間に朱書し、時々見ては大変感動して喜んでいます。

 
 
 
 

 
 
 
 

勤行で、心が安らぐようになりました。

正信偈』の意味が分かりやすく、毎月勉強会の日が来るのを待っております。このごろは、毎日の『正信偈』の勤行でも、心が安らぐようになりました。ありがとうございます。

 
 
 
 

 
 
 
 

学ぶにつれて深さに圧倒されています。

勉強会では『正信偈』について、詳説してくださいました。朝夕の読誦聖典と教えられているだけに、深い意味のある偈であることは感じていましたが、学ぶにつれて圧倒されています。

 
 
 
 

 
 
 
 

こんな集まりがあるなんて

半信半疑ながらも、市内の会場に自転車で 向かいました。 そこで、幼いころから親しんでいた『正信偈』の意味をお聞きし、 阿弥陀仏は、この世で助けると誓われていることを、始めて知った のです。
「えーっ!『今、救われた』ということがあるの?『一念で救われた』 ということがあるの!」
と驚きました。
こんな集まりがあるなんて知らなかった。これほど多くの人が、 親鸞会で仏法を求めていることも全く知りませんでした。

 
 
 
 

 
 
 
 

正信偈』に説かれているとは

新興宗教を30年以上続けましたが、何のために生まれてきたのか、 死ねばどうなるのかという、私がいちばん知りたいことは聞けなかったんです。 それが、幼いころ親しんでいた『正信偈』に説かれているとは 思いもよりませんでした。

 
 
 
 

 
 
 
 

願ってきたことが、やっとかなって感無量

「『正信偈』の意味が知りたい。」
昨年夏からずっと願ってきたことが、やっとかなって感無量です。
お仏壇が明るくなり、朝夕『正信偈』の勤行をする時、晴れ晴れとした心地になります。

 
 
 
 

 
 
 
 

30年間求め続けた本当の教えに今、遇うことができました。

「親鸞は今救われた!」と『正信偈(しょうしんげ)』冒頭に叫ばれていることを知った時は、魂がバリバリバリと音を立てて崩れ落ちるようなショックで、その場から立ち上がることができませんでした。
ああ、浄土真宗は、この世で助かる教えだったのかと知らされ、涙が止めどなくあふれ出したのです。
30年間、求め続けた親鸞聖人の本当の教えに、ようやく今、遇うことができました。

 
 
 
 

 
 
 
 

身の毛が立つ感動

私は、仏法熱心な安芸門徒の家庭で生まれ育ちました。3歳ごろから 母と『正信偈』に親しみ、文字は読めなくても音で覚えていました。 祖父からはいつも、「仏法を聞くのに、足を投げ出したり、 居眠りしたら大変なことよ」と言われておりました。 そのうち、自ら寺に足を運ぶようになり、60代までつづけましたが、 何十年と聞いても何かが物足りない、と感じるようになったのです。 親鸞会で正信偈』の一字一句を開いて教えてくださり、 こんな深い意味があったのかと、頭をカーンカーンと叩かれ、 身の毛が立つような感動でした。

 
 
 
 

 『正信偈』に説かれる仏の願いは、とても私たち凡夫(人間)の想像の及ぶものではありません。
普通はとても受け止めきれないと思いますが、それでも
深く受けとめれば受け止めるほど、感動も大きいのでしょう。

 私が一番感動したのは、
阿弥陀仏の願いは助ける仏さまの方から、
どうかあなたを助けさせてください
とのお慈悲だということです。

造悪の心がやまないと言えば、やまない心と知っているから任せてくれ
「真剣に聞けぬと言えば、真剣に聞かぬ心と分かっているから助かってくれ」
信じられぬと言えば、信じられぬ心も承知しているから任せておくれ

  親鸞聖人は
こんな底なしの弥陀の大慈悲あったなればこそ、
 全人類たとえ70億あっても最低の親鸞が救われたのだ

 と喜ばれ、
この広大な仏恩に、何としても報いずにおれない。
 何とかあなたに伝えられないものか

 と一字一涙の思いでつづられたのが『正信偈』なのです。

 その『正信偈』に込められた親鸞聖人の熱い思いを、
ぜひあなたも受け止めてください。

全国どこでも、あなたの町で学べます


親鸞会 勉強会

親鸞会では、北は北海道から南は沖縄まで、
全国の生涯学習センターや、市民会館、公民館などで、
正信偈』の勉強会が開かれています。


 あなたの町でも、きっと何年も前から、生涯学習センターや市民会館、公民館などで、『正信偈』の勉強会が開かれてあなたの参加を待っていると思います。
参加無料
 勉強会に参加をご希望の方は、詳しい場所と時間を教えてもらえますので、
今すぐ以下のフォームからお申し込みください。
(ホームページ上に掲載されていない日程などもあります)

お間違いのないようお願いいたします。

必須勉強会ご希望の
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親鸞会受付


浄土真宗 親鸞会
〒939-0395 富山県射水市上野1191
TEL 0766-56-0150 FAX 0766-56-0151
(9時~17時 親鸞会館受付)
E-mail:info@shinrankai.or.jp

 

追伸


 今なら勉強会が終わって家に帰ってからも『正信偈』を学べるように、事前に希望すると、『正信偈』のわかる仏教の小冊子を会場でとりおきしてもらえます。
あなたも上のフォームの「ご質問など」に「仏教の小冊子希望」と書き添えて、今すぐお申し込みください。

追伸2


 最後に
 あなたはなぜ、ここまで読まれ、勉強会参加を検討されるに至ったのでしょうか。

 『正信偈』の本や講座は、探せば他にいくらでもあると思います。
大抵は、これほど親鸞聖人が涙の中に『正信偈』をあらわされたお気持ちを
伝えていなかったり、難しすぎたり、さらには正しくないものもあるのですが、 中にはごくまれに、いいものもあるかもしれません。

 一方、ここまで読まれたならお気づきかもしれませんが、この勉強会は、まだ参加される前から、そもそもこのページの案内だけで、世の中のほとんどの本や講座を超えていたのではないでしょうか。

ですが、どちらがいいか判断するのは、もちろん私ではありません。
あなたです。

特にあなたが『正信偈』の意味を知りたい方ならなおさら、
このページの『正信偈』の解説を繰り返し熟読していただき、
勉強会にもぜひ一度参加してみてください。


 持ち物は、特にありません。
筆記用具くらいはあればいいかもしれません。

実際に勉強会に触れると、
この案内に書いた文章ではとても伝え切れない
正信偈』に込められた微妙な心も伝わると思います。
 楽しみにしていてください。

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