信心決定

信心決定とは、信心獲得とも言います。それぞれ、「しんじんけつじょう」「しんじんぎゃくとく」と読みます。

真実の他力信心を獲得するということは、阿弥陀仏の絶対の救いにあずかるということです。すなわち阿弥陀仏の絶対の願力によって助かったことをいいます。

阿弥陀仏は、その本願(約束)に「われを信ずる者は、必ず絶対の幸福に助ける」と誓っていられます。もちろん、死後ではありませんから、これを平生業成というのです。

現在ただ今苦悩渦巻く人生を光明輝く生活のできるようにしてやろう、というお約束です。こんな素晴らしい誓願は、2つとありませんから、親鸞聖人は『正信偈』に、「無上殊勝の願を建立せられた、希有の大弘誓を超発せり」ともおっしゃっているのです。

その約束どおりに我々が絶対の幸福に助かった時を、他力信心を獲たとか、信心決定したとかいうのです。

これはひとえに阿弥陀仏(他力)のお力によって、このようにさせていただけた、ということがハッキリしますから、他力の信心、他力の信仰というのです。

しかも、阿弥陀仏の救いは一念でなされます。阿弥陀仏は「ひとおもい」で絶対の幸福にしてみせると誓っていられるからです。これを聖人は「一念往生」とか「一念の信心」ともおっしゃっています。アッという間もない時尅の極促に我々の苦悩を抜きとり、無上の幸福を与えてくださいます。これを抜苦与楽といわれています。

阿弥陀仏の救いは、このように極めてハッキリしていますから、「これで助かったのだろうか」「これが他力信心というのだろうか」「これで信心獲得できたのだろうか」と自分で思案したり、他人に尋ねたりする必要のさらさらないものです。

他力の信心を獲ると、火にさわったようにハッキリするものであるということをまずご承知ください。

法然上人は承安5年、黒谷という所の報恩蔵の中で、善導大師の書かれた『観無量寿経疏』という書物の中の「一心専念弥陀名号」という一文を読まれた一念に、一切の苦悩の疑雲が晴れ渡って、他力信心を獲得したと告白なされています。

そしてこのような十悪の法然でも、このような愚痴の法然でも、阿弥陀仏は救ってくだされたと涙ながらに叫んでおられます。

わが親鸞聖人は、建仁元年、29歳の時に、他力の信心を獲得したとおっしゃっておられます。そのことは『教行信証』にも『御伝鈔』にも明記されています。

『教行信証』では、
「愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に帰す」
とあり、

『御伝鈔』には、
「建仁第一の暦春の頃、隠遁のこころざしにひかれて源空聖人(法然)の吉水の禅坊に尋ね参りたまいき。これすなわち、世くだり人つたなくして、難行の小路迷い易きによりて、易行の大道に赴かんとなり。真宗紹隆の大祖聖人、ことに宗の淵源をつくし、教の理致をきわめて、これを述べたまうに、たちどころに他力摂生の旨趣を受得し、飽くまで凡夫直入の真心を決定しましましけり」
と記されています。

法然上人の法話を聞いていられた時、たちどころに(一念)他力の信心を獲得なされたのです。

そして聖人は、「ああ……、このような絶対の幸福を、この世で体験させていただけたとは、ひとえに阿弥陀仏のおかげであった。多生にもあわれぬ幸福であり、億劫にも恵まれぬ楽しみである。なんの間違いで親鸞は救われたのであろうか。このうえは阿弥陀仏のご恩に対して身を粉にしても、骨を砕いても報いずにはおれないぞ」と決意のほどを述べておられます。

覚如上人も『執持鈔』に
「われすでに本願の名号を持念す、往生の業すでに成弁することをよろこぶ」
とおっしゃっています。これは「覚如は阿弥陀仏のお力によって、絶対の幸福に救われたことをよろこんでいるのだ」ということです。

蓮如上人も『御文章』に
「他力の信心ということをば今すでに獲たり。-乃至-今こそ明らかに知られたり」
とおっしゃっていられることは周知のとおりです。

また、真宗宗歌の中でも
「ふかきみのりにあいまつる、身の幸何にたとうべき」とか
「永久(とわ)の闇より救われし、身の幸何にくらぶべき」
と声高々と、うたっていますように、他力信心を獲たということは、極めてハッキリと救われた鮮明な体験であります。

 「吉水の法然上人のもとへ」 「三大諍論1」

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