親鸞会 会員の声
死の恐怖体験
(京都府 男性)
私が、仏法を聞けたのは、小学生の時の忘れられない体験がもとだった。
それは、夏休みに親戚と温泉旅館に行ったときのことだ。
旅館にはプールがあり、私は妹や年上のいとこ達と一緒に遊んでいた。そのプールは、底が緩やかに傾斜し、一方の端にむかって次第に水深が深くなっていた。
伯父は、両手を広げて、「ここから先へは行かないように」と言った。しかし、どうした訳か、私は足の立つぎりぎりのところでバランスを崩してしまい、深い方へ、深い方へと吸い込まれるように流されてしまったのだ。
水中で、もうダメかと思ったとき、何か強い力で、引っ張られるのを感じた。これは死に神が私を捕まえに来たのだと恐ろしい気持ちになったが、それは死に神ではなく、伯父の腕で、私は助け出されたのだった。
そんな経験もしばらくたつとすっかり忘れ、普通に暮らしていました。しかしその後、ふと死の恐怖におそわれるようになっていった。家の中で一人コタツにあたっているとき、自転車に乗っているとき、トイレの中でも、突然に死の恐怖は襲ってきた。
ある日、こんな不安をどうしたらいいのか、母に聞いてみた。
「誰でも一度は死ぬのよ」と、そんなことを考えるのはバカバカしいと言わんばかりの答えに失望し、それ以来、私は死を考えないように、出来るだけ長生きできるように、と不安をごまかし続けることに努力するようになった。
やがて大学進学の時期が来た。当時は自分が何をやりたいのか全く分からず、大学に行けばその答えが見つかるかも知れないと思い、毎日12、3時間の受験勉強に打ち込んだ。
その甲斐あって希望大学に合格した。その後、親鸞会と出会い、人生の目的、後生の一大事の解決を教える、真実の仏法に出遇えた。今まで死の問題を解決する道が分からずに悩んだことも、この仏法を聞くためだったのかと思った。
親鸞聖人の教えには、生死の問題の究極の解決が示されていた。