仏法とのご縁は末代の宝
新井芳恵(仮名)
「おまえなんか消えろ」
小学5年生の私にはつらすぎる友達の言葉でした。
クラスの男子が一人、私の髪の毛を引っ張り、引きづられるまま、廊下に放り出されていました。誰一人助けては、くれませんでした。
家に帰っても、両親には分かってもらえず、お前が悪いと叱られ、「どうして私だけ」どこにも居場所はなくなっていったのです。
今日も深刻な問題となる「いじめ」。
毎日続いた私には、それがどんなにつらいことなのか、よく分かります。
ある日、面白がってあびせられる男子生徒の罵声に、とうとう感情をおさえられなくなり、調理室に駆け込んでいました。
ナイフをにぎり、刃先を自分に向けていました。
いなくなった私を探したようで、調理室にも何人かが、かけつけました。
しかし、明らかに死のうとしているのに、ひややかに見ているだけ、笑っている人さえありました。
「もう死ぬしかない」と決意した私に、はっきり届いた大きな声。
「死んではいかん」
はっと我に返り、ナイフは床に転がりました。
物心ついたときから、私は阿弥陀仏に手をあわす毎日でした。
1年に5、6回、高森顕徹先生が我が家に来られる親鸞会の会員である仏法一家。親鸞聖人のお言葉は、小学校の私の心に強く刻まれていました。どんなことがあっても死んではいけない理由がある。親鸞聖人の教えは、苦しみ一色の幼い時代の宝物でした。
その後、就職して結婚、2人の子供に恵まれました。
長男は、反抗期を迎えながらも、お勤めは欠かさない。
下の女の子も、前向きに仏法を求めています。
子供も子供で、いろいろな困難にぶつかっていることを感じます。
なぜに仏法なのか、不安をおぼえる日もあるかもしれません。
「私も同じ道を歩んできたんだよ」
心から励ましてやりたい気持ちで一杯です。
私は、子供達にも親鸞聖人の教えを伝えていきたいと思います。
一つは、絶対に失ってはならない仏縁という宝物があること。
そして、その仏縁の宝は、親から子、子から孫へと伝えてゆかねばならない末代の宝であることを。