平生業成
今日、世界の光と言われています親鸞聖人の教えを、漢字4字で表されている、「平生業成」という言葉について、話させていただきます。
このように書いて「へいぜいごうじょう」と読みます。
親鸞聖人から出た言葉でありますから、親鸞聖人がお生まれになるまでは、無かった言葉です。
約800年前、京都にお生まれになられた親鸞聖人は、90歳で亡くなられました。その90年間の親鸞聖人のみ教えを、一言であらわした言葉が平生業成です。
ですから、平生業成という言葉は、親鸞聖人のみ教えを漢字4字で表された、一枚看板なのです。
看板といえば、それを見れば、その店が何を売っているか分かるものです。
「八百屋」という看板があれば、そこでは野菜が売られているのだな、と分かります。
「タバコ店」とあれば、たばこを売っているのだなと分かります。
看板を見れば、何を売っているか分かりますから、看板は大変大事なものです。
もし魚屋さんに「タバコ店」という看板が出ていたら、その店はどうなるでしょう。タバコがありませんから、タバコを買いに来た人は腹を立てて帰って行きますし、魚が欲しい人は誰も来ませんから、店は倒産してしまいます。
ですから、看板は非常に大切なものです。
親鸞聖人のみ教えを「平生業成」と言われますのは、
「平生」とは、死んだ後ではない、生きている現在と言うことです。
「業」とは事業の業の字を書いて、仏教では「ごう」と読みます。親鸞聖人は、人生の大事業のことを「業」と言われています。
大事業といいましても、松下幸之助がやった事業や、徳川家康の天下統一の事業などではありません。
人生の大事業です。言い換えますと、人生の目的と言うことです。
何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、苦しくともなぜ生きなければならないのか、ということです。
すべての人にとって、これ以上大切なことはありません。
最後の「成」とは、完成する、達成するということです。
人生には、これ一つ果たさねばならない、という大事な目的がある、それは現在、完成できる。だから早く完成しなさいよ、と教えられたのが親鸞聖人ですから、親鸞聖人の教えを「平生業成」の教えというのです。
ところが、今日、どのように使われているでしょうか。
観光バスのガイドさんなどが、「皆さんの平生業成が良かったから、今日は良い天気になりましたね」とか、「あなたの平生業成が悪かったから、こんな事故にあったんだ」などと、平生の行いという意味で使われております。
このように、親鸞聖人のみ教えの一枚看板の、平生業成という言葉が、こんなデタラメな意味に使われていると言うことは、世界の光である親鸞聖人のみ教えが、全く伝えられていない、ということであります。
ただ今から、高森先生より、親鸞聖人のみ教えを、真剣に聞かせていただきましょう。
