親鸞聖人750回忌と親鸞学徒

親鸞会

 親鸞聖人750回忌を迎え、聖人を賞賛する声は天下に満ちている。歴史的にも、親鸞聖人ファンは圧倒的に多い。

 31歳、僧侶に禁じられていた肉食妻帯の断行に、文豪・夏目漱石は「根底によほど強い信念がなければ、こんな大改革はできない」と驚嘆している。

 35歳、あの階級制度の厳しい時代に、最高権力者の不当な弾圧に対して

「主上・臣下、法に背き、義に違し、忿を成し、怨を結ぶ」

と反撃された勇気に、マルキスト(共産主義者)たちも「たくましき親鸞」と感服する。

 主著『教行信証』の深遠無二の哲学思想に、日本を代表する哲学者・田辺元は、「西洋に匹儔(相手)を見出すこと困難なる如き深さをもつ」と脱帽している。

 聖人の自己洞察と懺悔の深さに驚くもの、平等な人間観を讃嘆するもの、あるものは弥陀の化身のような慈悲深さに感泣し、あるものは秋霜烈日たる厳しさに打たれる。年齢、性別、職業を問わず、聖人を慕う人々は、まさに枚挙に暇がないほどだ。

 しかしこれらは皆、聖人の一面にすぎない。各自の視点や好き嫌いで聖人を論じているものばかりで、いずれも真の親鸞聖人の全貌は明らかにされてはいないのである。

 親鸞聖人が世界の光と仰がれるのは、その教えにこそある。『教行信証』をはじめ多くの著作に記された聖人の教えが、全人類を救う光明であるからだ。

 それは、人生の目的を明らかにされたものである。

 人生の目的とは何か。

 本師本仏の阿弥陀仏のつくられた名号宝珠の南無阿弥陀仏と一体になることだと、親鸞聖人は教示されている。

 光明無量、寿命無量の阿弥陀如来が、その智慧と慈悲によって完成なされた南無阿弥陀仏は、我々の苦悩の根元である無明の闇を照破し、絶対の幸福に生かす、不可思議な大功徳なのである。

 智慧と慈悲の南無阿弥陀仏を体得すれば、智慧あるが故に獅子のようにたくましく、真実開顕に突き進む。慈悲あるが故に大象の進むがごとく、煩悩の林を救済せずにおれなくなる。

 肉食妻帯の断行や、法然門下の法友との三大諍論、晩年に下された断腸の長子・善鸞義絶に、獅子王のごとき聖人を拝するのである。

 日野左衛門の門前で、石を枕に雪を褥に伏された忍辱の布教、剣で迫る弁円に御同朋と諭される慈悲の権化に、巨象のような聖人を仰ぎ見ることができよう。

 非難罵倒の嵐の中も、

「唯、仏恩の深きことを念じて、人倫の哢言を恥じず」

「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も ほねをくだきても謝すべし」

 恩徳讃のそのままに、独り猛進された聖人に、世の人は驚き賞賛するが、これ偏に南無阿弥陀仏の躍動だと仰るのだ。

 まさに世界の光と言われるにふさわしい。

 だが、その聖人の教えほど誤解曲解されているものはない。それは、今日の浄土真宗の衰亡を見れば一目瞭然である。

 人類の光明である親鸞聖人のみ教え・浄土真宗が、なぜかかる惨状になったのか。

 真宗の危機は、人類の危機。それは、伝え切らない我々親鸞学徒の怠慢ではなかろうか。

 知らされた者から、正確に、たゆまず、熱く叫び抜く。それが親鸞学徒の責任であろう。

 親鸞聖人750回忌は「浄土真宗、今盛んなり」と、人々に南無阿弥陀仏の大宝を届ける勝縁としたい。


 

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