<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?><rdf:RDF xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xml:lang="ja" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/">	<channel rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/rss/rss10.xml">		<title>浄土真宗親鸞会 公式サイト</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/</link>		<description>浄土真宗親鸞会の公式サイトです。親鸞聖人は何を教えられたのか、生きる目的は何か、浄土真宗とはどんな教えなのか、親鸞会とはどんな活動をしているのか、ご紹介しています。</description>		<items>			<rdf:Seq>				<rdf:li rdf:resource="http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100301shinrangakuto.htm"/>				<rdf:li rdf:resource="http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100215nishujinshin.htm"/>				<rdf:li rdf:resource="http://www.shinrankai.or.jp/s/kaiinkoe/2010/0130tenki.htm"/>				<rdf:li rdf:resource="http://www.shinrankai.or.jp/s/kaiinkoe/2010/0127gohonzon.htm"/>				<rdf:li rdf:resource="http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100120tannisho.htm"/>				<rdf:li 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rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100215nishujinshin.htm">		<title>二種深信でひらく『歎異抄』</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100215nishujinshin.htm</link>		<description>「往生をば遂ぐるなりと信じて」を、ほとんどの『歎異抄』解説本は「弥陀の浄土へ往けると信じて」と解釈している。だが『歎異抄をひらく』では、「信じて」を使わず「疑いなく弥陀の浄土へ往く身となり」と、 他書と一線を画する。（2010.2.22）</description>		<dc:date>2010-02-22T15:55+09:00</dc:date>	</item>	<item rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/s/kaiinkoe/2010/0130tenki.htm">		<title>［親鸞会 会員の声］９６歳 人生の大転機</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/s/kaiinkoe/2010/0130tenki.htm</link>		<description>「この世でハッキリ弥陀に救い摂られる。そんな世界があるんですね。この年になってこんなに感動するとは思ってもいませんでした」　大正２年生まれの森岡さんは、第二次世界大戦、シベリア抑留を経験し、ロシア語、中国語を流暢に話す。　詩吟や書道をたしなみ、漢詩はＮＨＫ主催の文化講座で講師を務めるほどだったが、「いろいろと広く浅くやってきましたが振り返れば、これといって残るものはありません。このままガラクタの人生で終わるところでした」。　一つを深く学ばなければ本物ではないと思い始めたころ、親鸞聖人のみ教えに出遇う。　真宗の盛んな広島で生まれ育ち、「自己を徹底して掘り下げられた方」と聞いていた親鸞聖人に、かねてより敬慕の念を抱いていた。「親鸞会に出遇い、96歳にして人生の一大転機を迎えました。高森顕徹先生のお話は本当に分かりやすい。スカーッとしますね。もうこの道一つに決めました」　親鸞学徒となり、昨年10月、初めて親鸞会館に参詣した。「ここに来られている皆さんは普通の人とは思えません。特別の方のように感じます」　親鸞会館には、「煩悩即菩提」「廃立肝要」など、至るところに法語が掲げられていることに感銘を受けた。「それだけ深い教えがあるからですよね」と語る。　支部の年末行事で、カチューシャを日本語、中国語、ロシア語で堂々と歌いあげ、拍手喝采。「今度は詩吟で『南無六字の城』を吟じたい。人生の荒波に翻弄されてきたのも、このご縁に遇うためのご方便であったのかと感謝せずにおれません」（プライバシー保護のため、個人名は仮名にしてあります）</description>		<dc:date>2010-02-09T22:49+09:00</dc:date>	</item>	<item rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/s/kaiinkoe/2010/0127gohonzon.htm">		<title>［親鸞会 会員の声］父の遺言「本尊は御名号」</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/s/kaiinkoe/2010/0127gohonzon.htm</link>		<description>死ぬと聞いても、わがことと思えない。何と恐ろしいことでしょう。　このように詳しく仏法を説かれるところはどこにもありませんでした。　父が伝えようとしてくれていたのは、このことだった。後生の一大事と解決の道、娘たちにも話さずにおれませんでした。　父の遺言を胸に、阿弥陀如来のご本願、聞かせていただきます。 （プライバシー保護のため、個人名は仮名にしてあります）</description>		<dc:date>2010-01-29T11:18+09:00</dc:date>	</item>	<item rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100120tannisho.htm">		<title>『歎異抄』の謎を解くキーワード</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100120tannisho.htm</link>		<description>『歎異抄』に頻出する「念仏」は、すべて他力だから、峻別された聖人の真意を酌まねば、深い謎に迷い込んでしまう。　その不審を解くキーワード「念仏」の違い目を詳説する、ただ一冊の『歎異抄をひらく』が歎異抄解説の決定版といわれるのも当然であろう。</description>		<dc:date>2010-01-26T15:40+09:00</dc:date>	</item>	<item rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/b/tannisyou/hiraku-comic09.htm">		<title>【マンガ】『歎異抄』は、いかに誤解されやすいか</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/b/tannisyou/hiraku-comic09.htm</link>		<description>『歎異抄』第一章は、全１８章が収まる極めて大事なところ。その第１章を、かつて親鸞研究の第一人者、東大K教授が誤解したために大問題になりました。</description>		<dc:date>2010-01-22T16:39+09:00</dc:date>	</item>	<item rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/b/tannisyou/201001comic01.htm">		<title>マンガ 「親鸞聖人 大ブーム」なのになぜ出ぬ&quot;反論書&quot;</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/b/tannisyou/201001comic01.htm</link>		<description>今、書店には親鸞聖人の関連本がたくさん置かれています。『教行信証』から真意を明らかにした『歎異抄をひらく』が、解説本の決定版になりつつあります。</description>		<dc:date>2010-01-19T10:15+09:00</dc:date>	</item>	<item rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/namu-rokuji01.htm">		<title>南無六字の城｜信長に徹底抗戦した護法の力は、こうして生み出された</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/namu-rokuji01.htm</link>		<description>ずと勤勉になっていった。　この勤勉さと団結が、農業技術の進歩と相まって、米の生産高を飛躍的に向上させた。荒れ地を開拓し、新田を開発し、仏法中心の生活が営まれる村が、次々と生まれた。　町民も、仏法の自利利他の精神を商工業で実践したため、やはり、大いに繁栄した。　こうして、彼らは、信仰を深めると同時に、社会的地位も大いに向上した。　真宗門徒の連帯は一村内にとどまらず、やがて惣荘、惣郷などの境を超えて、大名も無視できない一大勢力になっていった。（つづきはwebで）</description>		<dc:date>2010-01-15T14:01+09:00</dc:date>	</item>	<item rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100105tannisho.htm">		<title>異端か、正統か。『歎異抄をひらく』発刊から１年１０カ月</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100105tannisho.htm</link>		<description>今、自分たちの誤りを満天下に暴露されて顔色を失っているのではなかろうか。　しかし、浄土真宗の正統を自負してきた人々は、このまま手をこまぬいているわけにはいくまい。　なぜなら放置すれば、『歎異抄をひらく』が、歎異抄解説の決定版となり、これまでの解説書が皆間違っていたことを、自ら認めることになるからだ。判定は『教行信証』で　真宗学で成り立っている龍谷大学、大谷大学をはじめ真宗十派は、それこそ自らの存在意義を失ってしまうことになる。　かつては二千万門徒を誇っていた彼らに、それは許せることでは到底なかろう。　一体、どちらが正統で、どちらが異端か。はっきりさせなければならない。『歎異抄をひらく』の内容に誤りがあるというのなら、堂々と反論書を出すべきではないか。　決して平行線にはならない。正邪の判定は、親鸞聖人の主著『教行信証』によってのみ決せられるのだから。　反論大歓迎である。高森先生は必ず再反論されるであろう。　さすれば、親鸞聖人の『教行信証』を舞台に、全世界を真実の渦に巻き込んでいくことになる。　新年が、そんなめでたい年になることを願って、乾杯しよう。</description>		<dc:date>2010-01-12T10:52+09:00</dc:date>	</item>	<item rdf:about="http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/mugeno-ichido01.htm">		<title>無碍の一道に出でよ 『歎異抄』第七章の仰せ</title>		<link>http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/mugeno-ichido01.htm</link>		<description>。 　それにしても「無碍の一道」というのは、素晴らしいお言葉ですね。　親鸞聖人のお言葉は、いつも魅力的です。　仏教の伝統的な言葉では、「正定聚」といいます。　正しく仏になることに定まった人たちの意味ですが、蓮如上人は有名な『聖人一流の章』に、「その位を『一念発起・入正定之聚』とも釈し」とおっしゃっています。聖人一流の御勧化の趣は、信心をもって本とせられ候。その故はもろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、不可思議の願力として、仏の方より往生は治定せしめたまう。その位を「一念発起・入正定之聚」とも釈し、その上の称名念仏は、如来わが往生を定めたまいし御恩報尽の念仏と、心得べきなり。 （蓮如上人）　この正定聚、無碍の一道に出た人は、いつ死んでも、直ちに弥陀の浄土に往って、必ず仏に生まれることができます。 「罪悪も業報を感ずることあたわず」 　どんな罪を犯しても、浄土往生の碍りにはならなくなります。「諸善も及ぶことなきゆえに、無碍の一道なり」 　どんな諸善をした結果も及ばない素晴らしい世界だから、無碍の一道と言われているのです。　皆さん、早くこの念仏者になって、無碍の一道に出てください。　これが親鸞聖人の最もお喜びになることであり、聖人のご恩に報いる本当の報恩講なのです。</description>		<dc:date>2010-01-04T10:05+09:00</dc:date>	</item></rdf:RDF>