喜ぶ人が二人になる

「欲しくない物でも、喜んで頂いた方がよろしいのでしょうか」
嬉しく頂けば相手は満足される。
自分に必要ない物でも、それを喜ぶ人にあげればよい。
喜ぶ人が二人になる。
プレゼントする時は、相手の喜ぶ物かどうか、十分考慮しなければならない。
浄土真宗親鸞会 会長・高森顕徹先生の言葉を紹介します。

「欲しくない物でも、喜んで頂いた方がよろしいのでしょうか」
嬉しく頂けば相手は満足される。
自分に必要ない物でも、それを喜ぶ人にあげればよい。
喜ぶ人が二人になる。
プレゼントする時は、相手の喜ぶ物かどうか、十分考慮しなければならない。

日曜日のテレビの、”のど自慢”を見ながら、鐘が鳴る前に、採点してみる。
これは合格、と思っていても、「カーン」。これは駄目だと思っていると……「カンカンカン……! おめでとうございます」となったりする。
音楽に弱いと、良し悪しも分からない。
文章や話し方も、まず、良いか、まずいかを知る感性を身につけることが大切。
それが出来てから、「どこをどうすればよいか」となり、良いものが書け、話せるようになる。

『こんなに私が〇〇しているのに!』
この心が腹がたち、辛い悲しい思いをさせる元である。
こんなに一生懸命努めているのに、やっているのに、愛しているのに、……等々。
”こんなに”とは、どれだけか、自己に反問してみることだ。
他人は、一生懸命やっている、自分はナマクラ者でないかと、方向転換することが大切。

「すみません……」
蚊の鳴くような声では、ますます沈む。
挨拶は、前向きに大きな声が大事。
「お早うございます」
「ご苦労さまでした」
「申し訳ありません」
「お休みなさい」
自身も周囲も明るくなり、自利利他となる。

学生時代、京都の朝日会館で、吉川英治氏の講演を聞いた。
”うまいこと言うなあ〜”と大感動した。
今でも片言隻語を忘れない。
時々利用して話をしている。
感動の深さで、どれだけ自分のものになるかが決まる。
”ああそうかア”と受け流す人。
”いやあーすごいなあ”と感動にうち震える人。
雲泥の差が生じる。
悪かった、の反省も同じ。痛みを覚える反省ほど、二度と犯さない。
また繰り返すのは、口先だけだったということだ。

上へ伸びようとする枝に、針金を巻き、右へ這わせる……。盆栽でさえ、一カ月や二カ月では、できない。
人づくりは、根気よくやって、十年単位。
十年でダメなら二十年、二十年でダメなら三十年。
若い程早い。
人材養成は、簡単にいかぬから、見上げる人は、少ないのだ。
人づくりの重要性をよく認識しないと、いたずらにイライラしたり、苦しんだりすることになる。
あの年頃の自分はどうだったか……。口で励ましても、自己反省を欠かしてはならない。
良い習慣は、その人の徳となる。
一旦身につけば、生涯の宝となろう。
いくたびも
手間のかかりし
菊の花

中学生の相次ぐ自殺に、世間は大騒ぎ。
学校が悪い、教師だ、親だ、社会だと、ケンケンガクガク。
いずれにも問題があろうが、なぜか核心が抜けているから、不毛の議論が続く。
〝どんなに苦しくとも、なぜ生きねばならぬのか〟
肝心の、絶対あってはならぬ自殺の理由が、不思議なほど、全く論じられてはいないのだ。
これでは有効な対策など知りようがなかろう。
〝あなたは自殺を、なぜとめる〟
〝あなたは自信を持って、自殺をとめられますか〟
人類永遠の問いかけの勝縁とするならば、これら悲劇の波も尊い仏縁と転じよう。

できるか、できないかということよりも、
昨日よりは今日、
今日よりは明日、
少しでも、向上しようという心がけが、一番大切なのである。