非行・非善の念仏 探し続けた その真意
富山県 峰幸代
母の生家は、東本願寺の末寺です。
広い本堂に満ちる仏法の香華、深い愛情を注ぐ祖父母に引かれ、小学1年になると、私はよく1人汽車で、寺を訪れたものです。
祖父は、仏法学者を志していましたが、大谷大学在学中に父が急死し、やむなく寺を継いだのです。
しかし、学究への熱い思いは断ち難かったのでしょう。遠路、足を京都に運んでは仏法書を買い求め、東本願寺講師、柏原祐義氏と親交を温め続けました。
圧倒的だった『歎異抄』の魅力

当時、如来聖人から祖父が、お預かりした門徒は900軒余り。
葬式・法事に追われる毎日でしたが、月一度の法話会前日は、終日、書斎にこもり、隅々まで、墨の香りと半紙の山にするのが常でした。
法話会は、参詣者一同の法語唱和で始まります。
「人身受け難し」や、「横川法語」は小学生の私にもなじみやすいものでしたが、圧倒的な響きで、私の心を制したのは、『歎異抄』でした。
「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。
祖父が殊に好んだ『歎異抄』第1章を唱和したある日、私は尋ねました。
「念仏を称えたら、極楽に往けるの?」
「違う」
即座の返事でした。
「口先だけの空念仏(自力の念仏)では、ダメだ。"往生をば遂ぐるなり"と信じた心で念仏するんだ。『歎異抄』第8章にあるんだよ。
"ひとえに他力にして自力を離れたるゆえに、行者のためには非行・非善なり"と書いてある」
『教行信証』を理解しなければならない
念仏には、極楽に往けるものとそうでないものがある。ならば、いつ、どうすれば『歎異抄』第8章に教えられた"非行・非善の念仏"を称えることができるのだろう。
しかし、その問いに、祖父は無言でした。
「親鸞聖人の教えは、『教行信証』と『歎異抄』を理解しなければならないが、私にはまだできない。本当は、こんなこと(葬式・法事)あまりしたくないんだ。本願寺で勉強できれば……」
あまりの仏事の多さに疲労困憊すると、祖父は、大声で周囲に当たり散らしました。
答えを求めていた祖父
祖父にとって、本願寺の教義は絶対。尊敬するのは本願寺の講師だったのです。
本願寺が、親鸞聖人のみ教えを知らないはずはない。分からないのは、自分の勉強不足のせいだ。そんな焦りや悔しさが、額一面に滲んでいたのを覚えています。
祖父が逝き、40年余りが過ぎました。
おびただしい数の仏教書に埋もれ、頭がしびれるほど答えを探し求めた"非行・非善の念仏"。
高森先生は『歎異抄をひらく』で、そのご文を鮮明に開示してくださいます。
弥陀に救われた人の称える念仏を「他力の念仏」という。(中略)
「他力の念仏」は、これら自力の計らい一切が粉砕され、称えさせる弥陀の力強い誓いの念仏である。
ゆえに「他力の念仏」は、自分の思慮や分別で励む行でも善でもないから、非行・非善、「行にあらず」「善にあらず」と解説されるのだ。(『歎異抄をひらく』237ページ)
「おまえを幸せにする教えはほかにない」
生前、祖父はよく私に話しました。
「仏教には多くの派があるが、お釈迦さまの真意を完璧に教えられたのが、親鸞聖人だ。だから浄土真宗は智慧門といわれる。おまえを幸せにする教えはほかにない。絶対に離れるなよ」
今、『教行信証』から『歎異抄』を明らかにしてくだされた『歎異抄をひらく』を拝読するたびに、祖父の声を聞き、真実に出遇えたわが身の幸に、心は躍り、震えます。
聖人のみ教えに従い、他力に摂取されるまで、他力を求め抜かせていただきます。
(プライバシー保護のため、個人名は仮名にしてあります)
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