『歎異抄をひらく』以後、論文激減
長野県 原 秀二
『歎異抄をひらく』発刊後、『歎異抄』の論文数がどう変化したか、ここ10年の推移を調べてみました。
ここでいう論文とは、学術雑誌などに掲載されたもので、本として出されたものではありません。(下のグラフ参照)
『歎異抄をひらく』出版の前年(平成19年)までは、論文はコンスタントに出ています。
20年になっても3月(ご発刊の月)まではたくさん出ていました。平成23年に予定される親鸞聖人七百五十回忌に向けての動きと思われます。
ところが4月から1件も出ていません。まさに『歎異抄をひらく』の衝撃、です。
今年に入ってからは3件出ていますが、1件は「アメリカ文学専攻」という専門外の学者のものです。2件目は、日記のような感じの、やはり『歎異抄』の解説というものではありません。
3件目は紅楳英顕氏です。本会との宿善論争のきっかけになった人物です。内容は、『ひらく』とは全く異質の「第9章の不審という言葉をめぐって、唯円の信・不信を論ずる」というものでした。
(プライバシー保護のため、個人名は仮名にしてあります)
ハイデガーも『歎異抄』に驚嘆
「今日、英訳を通じてはじめて東洋の聖者親鸞の歎異抄を読んだ。
弥陀の五劫思惟の願を案ずるにひとえに親鸞一人がためなりけりとは、何んと透徹した態度だろう。
もし十年前にこんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを知ったら、自分はギリシャ・ラテン語の勉強もしなかった。
日本語を学び聖者の話しを聞いて、世界中に拡めることを生きがいにしたであろう。遅かった」と書いている。
更に「自分の側には日本の哲学者、思想家だという人が三十名近くも留学して弟子になった。ほかのことではない。思想・哲学の問題を随分話し合ってきたがそれらの接触を通じて、日本にこんな素晴らしい思想があろうなどという匂いすらなかった。
日本の人達は何をしているのだろう。日本は戦いに敗けて、今後は文化国家として、世界文化に貢献するといっているが私をして云わしむれば、立派な建物も美術品もいらない。なんにも要らないから聖人のみ教えの匂いのある人間になって欲しい。
商売、観光、政治家であっても日本人に触れたら何かそこに深い教えがあるという匂いのある人間になって欲しい。
そしたら世界中の人々が、この教えの存在を知り、フランス人はフランス語を、デンマーク人はデンマーク語を通じてそれぞれこの聖者のみ教えをわがものとするであろう。
そのとき世界の平和の問題に対する見通しがはじめてつく。二十一世紀文明の基礎が置かれる」と述べている。
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