『歎異抄』のマジック
三重県 女性
『歎異抄をひらく』を拝読させていただいたあと、5月の親鸞会館のご法話で『歎異抄』第一章を、続けて教学講義で三願転入について聞かせていただいた時、私の中で、『歎異抄』の難しさの理由がはっきりと見えた気がいたしました。
なぜ蓮如上人が『歎異抄』を封印なされたのか。
それは、親鸞聖人のみ教えの根基「三願転入」が分からなければ読めない書だから、ではないでしょうか。
『歎異抄』は第一章におさまる。第一章の短い文章に『教行信証』がおさまっている。それは第一章は十八願の世界から話された、親鸞聖人のお言葉だからです。
青年大会で、「『弥陀の本願には老少善悪の人をえらばず』とあるのに、第三章で、『善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや』と言われている。あれ?と思う。この人は善い人・悪い人というのが、関係あるのではないかと思う。これが『歎異抄』のマジック」とお聞きしましたが、それもそのはず、第三章は、十九願を通った人にしか分からない話です。
三願転入は、親鸞聖人が、弥陀に救われた生々しい体験をおっしゃったお言葉です。体験があり、さらに深い教学のある方でなければ、とても読み破れない書、これが『歎異抄』なのだ。だれが書かれたのか知りませんが、この方は、三願転入をよく分かっていたのでしょう。そして親鸞聖人からよく教えを聞かせていただいていたのでしょう。
だから、阿弥陀仏が「目的」はこれだと十八願をあらわし、その「道順」十九願・二十願を説かれたように、『歎異抄』の著者は親鸞聖人のみ教えのとおり、書の初め、第一章に、十八願の世界を、あの美しい文章にしたためることができたのではないでしょうか。
今までは、何となく手にし難い書物であった『歎異抄』が、『歎異抄をひらく』と、高森先生から親鸞聖人の教えを聞かせていただくことで、私の乏しい教学の数珠つなぎの糸の中に、今、つながった思いです。
弥陀の本願、明らかに知らされていながら、教学が浅いために、親鸞聖人の教えをお伝えできないのは、親鸞学徒として嘆かわしいことです。
常に親鸞聖人のみ教えに身を浸し、正確に、一人でも多くの人に真実をひらいていきたいと思います。
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『歎異抄をひらく』(高森顕徹先生著)の感想(1/6)|親鸞会会員の声

