オーストラリアにもいた、忠義な犬

8 月 28, 2009 on 3:15 pm | In 社会 | No Comments

dog

日本の「忠犬ハチ公」は有名ですが、オーストラリアにも、忠義な犬があったそうです。

エキサイトニュースによれば、この8月、オーストラリアのクイーンズランド州で、交通事故死した飼い主の遺体のそばで、犬が2日間にわたりほえ続け、飼い主の遺体が死角となっていたやぶの中から発見されたのです。

雑種の犬を乗せたヘンリー・ドリューさんが運転するトラックが、高速道路で衝突事故を起こし、低木が生い茂るやぶの中に転落しました。
彼の飼い犬は、農民が発見するまで、木に隠れてしまったドリューさんの遺体のそばで、2日間にわたりほえ続けたとのこと。

救助隊の一人は、「犬がいなければ、トラックは木で完全に隠れてしまっていたため、我々のヘリコプターからも見えず、しばらく発見されなかった可能性がある」と語ったそうです。

仏教では、「恩」をとても重視します。

犬でも、受けたご恩を忘れず、その恩を返そうとするのですから、人間ならなおさら、恩を知り、恩を感じ、恩に報いる人にならねばならないと思いました。

(E)

【動画】同朋の里・F館建立最新状況(8月12日)

8 月 20, 2009 on 1:19 pm | In 聞法ドメイン | No Comments

平成21年8月前半の、鉄筋、梁、屋根版(デッキプレート)工事の様子をまとめて紹介します。

目的地を間違えると……

8 月 17, 2009 on 1:50 pm | In 社会 | No Comments

目的地

旅行中のカップル、ナビ誤入力で650キロかなたに到着
イタリアを旅行中のスウェーデン人の中高年カップルが、GPS(全地球測位システム)への誤入力により、目的地から650キロも離れた町で間違いに気付くというハプニングが起きた。
ロマンチックな保養地として知られるカプリ(Capri)島を目指していたカップルは25日、GPSにスペルを間違えて入力した末、北部の町カルピ(Carpi)に到着。地元の観光事務所でカプリ島にある有名な「青の洞窟」への行き方を尋ねたことで間違いが判明した。(中略)間違いであることを知ったカップルは驚いたものの、怒ることはなく、車に戻り、南に向け走り始めたという。(ロイター)

 カプリ(Capri)島と、カルピ(Carpi)町───確かに似てますが、片方は「島」ですからね。
「途中で気づけよ!」って、これを読んだほとんどの人が心の中で突っ込みを入れたに違いありません。
 私もです。GPSに頼りすぎかも。

 それにしても、何とも、のどかな話です。
 どこへ行くにも、まず「目的地」を正しく知ることが大事、ということですね。

 旅行の行く先くらいなら、650キロ離れてしまっても、このカップルみたいに何とか取り返しがつくでしょうが、人生の目的を間違えてしまったならば、どうなるでしょう。

 親鸞聖人が主著『教行信証』に、まず真実の「教」を顕され、本当の人生の目的を明らかにされたのも、正しい方角を知ってこそ、そこへ向かって進み、真の目的が達成された(信)、ということがあるからなのですね。

 間違った教えを信じて、おかしな体験を喜んでいる人が、いかに多いことでしょう。
 正しい教えを知ることが、いかに大切か。このカップルは身をもって示してくれたようです。

(G)

【動画】同朋の里・F館建立最新状況(8月7日)

8 月 12, 2009 on 1:27 pm | In 聞法ドメイン | No Comments

同朋の里・F館建立の最新状況を、動画で紹介いたします。

8月7日(金曜日)

柱と柱をつなぐ梁(はり)は、型枠作りが先で、鉄筋は後からの工事になります。

梁の型枠は地上で作られて、クレーンで持ちあげられ、柱の型枠と接合されます。

「笑顔の町には観光客来る」 〜パリの試み〜

8 月 10, 2009 on 1:13 pm | In 社会 | No Comments

フランス・パリ

エキサイトニュースによると、フランスのパリでは、金融危機の影響や市民が冷たいとの印象から、旅行者が減少しているそうです。
具体的には、今年1月以降のパリへの訪問者数は、前年の同時期と比べ、17%も減少したとのこと。

困った観光局が考えたのが、「市民に笑顔を見せるよう、呼びかける」というものでした。

そのキャンペーンの一環として、パリ市内の人気スポットに「笑顔の大使たち」が立つ案内所を配置したり、市中心部のバンドーム広場に12日、ローラースケートを履いた数百人が集まり、笑顔をアピールしたりもしたそうです。
「笑う門には福来る」ならぬ「笑顔の町には観光客来る」を狙ったわけですが、なるほど、笑顔には、元手がかかりません。

お釈迦さまは、「和顔悦色施(わげんえっしょくせ)」と言って、優しいほほえみをたたえた笑顔で人に接することを勧められています。

純粋無垢な笑顔に接する時、人は一瞬人生の苦労を忘れ、生き甲斐さえ感じます。
笑顔は、周囲全体を和ませ、トゲトゲしい対人関係をスムーズにします。仕事の能率もグンとはかどり、自分の健康にも大変よいと、いいことずくめ。

パリのみならず、世界中が心からの笑顔であふれるようになってほしいですね。

(E)

>>仏教講座「無財の七施」

【動画】同朋の里・F館建立最新状況(7月30日)

8 月 6, 2009 on 11:07 am | In 聞法ドメイン | No Comments

同朋の里・F館建立の最新状況を、動画で紹介いたします。

7月30日(土曜日)

F館の柱の鉄筋は、あらかじめ別の場所で組み立てられ、その組み上がったものを、現場で接合する、という工法で進められています。

7月30日に、最初の鉄筋が接合されました。

苦しみが転じて喜びとなる不思議

8 月 5, 2009 on 1:14 pm | In 浄土真宗 | No Comments

野球

 阿弥陀仏に救われると、煩悩(苦しみ)がそのまま菩提(喜び)になる、不思議な世界に生かされると、親鸞聖人は教えられています。

 そんなことはとても信じられないことですよね。
 しかし考えてみると、普通はイヤなことが、ある状況下ではものすごくうれしいことになる、ってことが実際あります。

 7月20日、ヤンキースの松井がサヨナラホームランを打ちました。
 ホームベースで大歓迎される松井。
 ヒーローインタビュー中に、チームメイトにクリームを顔にべったり塗られてしまったのです。

 といっても、これはヤンキースではお決まりの儀式。それを松井は忘れていたために、いきなり顔面にクリームを塗られた形になりました。

 さて、その時の松井のリアクション、コメントはいかに。

松井秀、今季初のサヨナラ弾!「完璧でした」 (SANSPO.COMより)
 米大リーグ、ヤンキースの松井秀喜外野手は20日(日本時間21日)、ニューヨークでのオリオールズ戦に「5番・指名打者」で先発出場し、ライトスタンドへ弾丸ライナーでサヨナラ本塁打を放った。試合は2−1でヤンキースがサヨナラ勝ちした。
※サヨナラホームランの動画http://mlb.mlb.com/media/video.jsp?content_id=5646923
試合後のインタビュー中にはチームメイトのバーネットからクリームを顔に塗られる歓迎も。「こういうことなら、毎回味わってもいいですね」と笑顔で話した。

 もし、街を歩いている時や、駅のホームで電車を待っている時、突然だれかから顔に生クリームをべったり塗られたら、めちゃくちゃ腹が立つでしょう。

 ところが同じことを、サヨナラ弾を放った直後の、最高の気分の時にされると、「毎回味わってもいい」ほどうれしいことになってしまう。
 ダイヤモンドをゆっくりと一周して、ホームベースに戻ってきた時、チームメイトが覆いかぶさってきてたたかれまくる痛みも、松井にはすべて喜びになっているはずです。

 阿弥陀仏に救われた絶対の世界は、とても言葉で表せるものではありませんが、なんとか知らせたい思いから、親鸞聖人は氷と水の関係に例えて次のように教えられています。

「罪障功徳の体となる 氷と水のごとくにて 氷多きに水多し 障り多きに徳多し」 (『高僧和讃』)

「阿弥陀仏に救われると、欲や怒りの煩悩(罪障)の氷が解けて、幸せよろこぶ菩提の水(功徳の体)となる。大きな氷ほど解けた水が多いように、極悪最下の親鸞こそが、極善無上の幸せ者だ」

 シブ柿のシブがそのまま甘味になるように、煩悩(苦しみ)一杯が功徳(幸せ)一杯となる、すごい確信に満ちています。

 苦しみがそのまま幸せになる、そんな不可称・不可説・不可思議な世界なのです。

(G)

「魚になるまで泳げ!」古橋 廣之進さん死去

8 月 4, 2009 on 6:43 pm | In 未分類, 社会 | No Comments

親鸞会 海と空

◆「魚になるまで泳げ!」古橋 廣之進さん死去

  大きな目標を持って一筋に努力し、苦しみにも耐えてこそ、大きく成長できる

●中指切断のハンディ乗り越え世界記録

8月2日、古橋 廣之進(ふるはし ひろのしん、1928年 - 2009年)さんが亡くなりました。

古橋さんは、第二次世界大戦終了後の水泳界で次々と世界記録を打ち立てて
「フジヤマのトビウオ」の異名を取った人です。

現役引退後は、母校・日本大学の教授や日本水泳連盟会長、日本オリンピック委員会会長を歴任しました。
古橋さんは小学校4年で水泳を覚えて以来、かれこれ約6万キロ、地球を1周半するほど
泳いだ
といわれます。
敗戦直後の選手時代、自由形で33回の世界新記録も打ち出しています。

戦時中だった中学3年の時、歯車に左手をかまれ、中指を第一関節だけ残して切断する
事故に見舞われました。
このけがは手で水をかくスイマーにとっては致命的であり、
「もう自分の水泳も終わりだな」と思ったそうです。

しかしその後も水泳を続けました。
戦後の食糧難、交通事情の悪さから何時間も移動に費やさねばならなかった日々…。
条件の悪さを人一倍の練習量と工夫でカバーした日大での選手生活は、
想像以上に厳しいものだったといわれます。

その苦労の甲斐あって、1947年の日本選手権では400m自由形を4分38秒4で優勝し、
公式記録にはならなかったものの当時の世界記録を上回るタイムを出したのです。

1948年のロンドンオリンピックは敗戦国の日本は参加を認められなかったため不出場
でした。
この時、日本ではオリンピックの水泳競技の決勝と同日に日本選手権が開催され
古橋さんは400m自由形4分33秒4、1500m自由形で18分37秒0を出しロンドン五輪金メダリスト
のタイムはおろか当時の世界記録をも上回りました。

1949年、初の海外遠征、アメリカ全米選手権への参加。戦後間もないアメリカは、
日本人を「ジャップ」とけなし、日本の記録を全く信じていませんでした。
しかし、大会初日に日本チームは世界新を連発し、水泳大国アメリカに圧勝!
(400m自由形4分33秒3、800m自由形9分33秒5、1500m自由形18分19秒0で世界新記録
を樹立)

報道陣はすぐに非礼をわび、アメリカの新聞で古橋を
「フジヤマのトビウオ」(The Flying Fish of Fujiyama)

と絶賛したのです。
そのニュースはすぐに世界へ広がりました。

●「日本の皆さん、どうか古橋を責めないでやってください」~記録を超えた感動~

翌年古橋さんは2月から約3カ月間、南米5カ国を回りました。
ところがその最初の訪問地ブラジルで、思いがけない不運に見舞われました。
生水は飲むなと言われていたのですが、ある日、部屋に飲料水が置いてあり、ボーイが
「消毒してある」というので、ついコップに一杯の水を口にしてしまったのです。
その晩から猛烈な下痢に襲われました。
調べたところ、アメーバ赤痢と分かりました。

抗生物質もない時代、公表すれば隔離されてしまうというので、じっと部屋に閉じ
こもり、皆の移動についていくのがやっとだったといいます。

帰国後もその後遺症には長く悩まされました。
以前のようには体がいうことをきかず、
1952(昭和27)年のヘルシンキオリンピックでも、400m自由形で8位という
不振に終わってしまったのです。

しかしこの時、実況を担当したNHKの飯田次男アナウンサーが涙声で

「日本の皆さん、どうか古橋を責めないでやってください。
古橋の活躍なくして戦後の日本の発展はありえなかったのであります。
古橋にありがとうを言ってあげてください」

と述べ、多くの人たちに記録を超えた感動を与えました。

●”受身の姿勢”からは、並の結果しか生まれません。

「魚になるまで泳げ」

これは古橋の名言です。
古橋さんは、後輩たちに「魚になるまで泳げ」と言い続けてきました。
そういう気持ちで、練習も量をこなせということです。
本人は、1日2万メートル、多いときは3万ぐらい泳いだこともあったとのこと。
あるインタビューではこう話しています。

「泳ぎ込むことによって、体が自然に覚え込むんです。
赤ん坊は教えられて歩けるようになるわけじゃない。
1歩あるいては転び、2歩あるいては転びして覚えていくんです」

「コーチもいない、トレーニング法も確立されていない時代ですから、皆自分で
考えて工夫
し、50mのスピードを1,500mまで持続させることを目標にしました。
竹の棒の両端に石をぶら下げてダンベル代わりしたりもしました。
マラソンのようなこともやり、バスケット、野球、相撲、ラグビーにテニスと、
様々なスポーツにも取り組みましたし、進駐軍に頼んでアメリカの水泳の本を
取り寄せてもらって、最新のノウハウも勉強しました。
強くなるには頭も必要なんです

練習も、与えられたプログラムをこなすという”受身の姿勢”からは、並の結果しか
生まれません。

今の水泳のように10分の1秒、100分の1秒の間に世界のトップがひしめいている
時代には特にそれがいえます」
最後に古橋さんが文化勲章の受章を祝う会で披露した言葉を紹介したいと思います。

「戦争が終わって、再び水泳ができるようになった時、
 “魚になるまで泳ごう”と思った。
私の目標は世界一になることだった。
 だから人の何倍もの練習を苦しいとも思わなかった。

人間というものは、大きな目標を持って一筋に努力し、
工夫し、苦しみにも耐えてこそ、大きく成長していけるもの
だと思う。
私は水泳から多くのことを学んだ。

『泳心一路』は、そんな私のこころにひびく言葉である」

(古橋広之進)

実際に幾多の苦難を乗り越えてこられた古橋さんの言葉だけに
重みがあります。成功は努力の結晶である。楽にえられるものは、貧と恥のみである。

難の難   乗り越えてこそ   光あり
(高森顕徹先生著:『光に向かって100の花束』より)

光に向かって100の花束:高森顕徹(1万年堂出版)
http://www.10000nen.com/book/100hana/100hana.htm

親鸞会.NET» » 勝利者は常にあきらめない
http://www.shinrankai.net/2009/03/peter-j-gray.htm

JOC - Japanese Olympian Spirits
http://www.joc.or.jp/legend/01furuhashi/html/index.html

イライラする若者に

8 月 4, 2009 on 1:11 pm | In 社会 | No Comments

イライラ若者

 イライラを感じている人が20代、30代の人で増加し、60%を超えたことが、大学共同利用機関「統計数理研究所」の調査で分かりました。

 ここ数年、50代以上の世代のイライラ感は、ほぼ横ばい状態のため、若者が抱えるストレスの大きさが、改めて浮き彫りになっています。

 また一方、心のよりどころを求める傾向は、すべての世代に共通で、いちばん大切なものは「家族」と答えた人は過去最高の46%になりました。

 親鸞聖人は『歎異抄』で、このようにおっしゃっています。

「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もってそらごと・たわごと・真実あることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」(歎異抄)

〈意訳〉火宅のような不安な世界に住む、煩悩にまみれた人間のすべては、そらごと、たわごとであり、まことは一つもない。ただ弥陀の本願念仏のみがまことなのだ。

 不安な世の中で苦しむすべての人に、阿弥陀仏の本願を知っていただきたいと思わずにおれません。

(R)

【動画】同朋の里・F館建立最新状況(7月29日)

8 月 3, 2009 on 10:50 am | In 聞法ドメイン | No Comments

同朋の里・F館建立の最新状況を、動画で紹介いたします。

7月29日(金曜日)

1階床のコンクリート打ちの様子です。

これで基礎工事が終了しました。

周囲には、足場が組まれてます。

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