過ぎ去った20年、30年は、あっという間

7 月 31, 2009 on 1:55 pm | In 社会 | No Comments

長寿国日本

昨年の日本人の平均寿命は、女性が86.05歳、男性が79.29歳で、男女ともに過去最長を更新したそうです。

女性は24年連続で世界一、男性はアイスランド、香港、スイスについで4位。

子供のころ、86歳といえば、随分長生きされた方だなあと感じていましたが、今や平均とは、驚きます。

男性はガン、女性は脳血管疾患の死亡が少なくなったのが長寿に寄与したと分析されていました。

平均寿命まで、あと○年生きられるのか、と計算した人もあるでしょう。

未来の20年、30年といえば、長いように思いますが、過ぎ去った20年、30年は、あっという間です。

「こないだ戦争に行ってきたと思ったら、もう60年もたったのか」
と嘆息しているおじいさんや、
「こないだ嫁に来たと思ったら、もう子供が結婚して、孫ができた、ハア〜」
というおばあさんのため息を、時たま、耳にします。

蓮如上人が、
「一生過ぎ易し。今に至りて、誰か百年の形体を保つべきや」
とおっしゃるとおりです。

一瞬の人生、何のために生まれてきたのか。答えは、真実の仏法に明示されています。

(E)

因果の道理に、時効はない

7 月 30, 2009 on 1:17 pm | In 社会 | No Comments

時効廃止?

 殺人など、死刑も適用されうる重大犯罪については、時効を廃止する方向で、法務省が検討しているそうです。

 ちなみに殺人は、刑事で15年、民事で20年で時効になります。
 時効がないと困ることもあるのでしょうが、理不尽に家族を殺された人にとっては、時報がポーンと鳴ると同時に犯人が無罪放免になるなんて、重ねて理不尽を味わうことになるでしょう。

 このことを、『読売新聞』の1面コラム「編集手帳」(18日)にも、次のように書かれていました。

 犯人は、時効まで何年、あと何年…と「引き算」で生きる。
 遺族は、あの子がいれば今年は小学生、もう中学生…と、「足し算」で生きる。
 ゴールのある引き算と違い、足し算に終わりはない。
 遺族にとって時効は、逃げおおせた犯人に贈る理不尽な“ご褒美”と映ろう。
 法務省の勉強会が、殺人など重い罪の時効を廃止する方針を最終報告にまとめた。
 事件から日がたつほど物証や目撃証言は集めにくく、時効廃止が冤罪につながるのを懸念する声もあり、議論はまだ扉の入り口である。(毎日新聞

 この日本で、時効を迎えた殺人事件が、過去5年で241件もある。驚きですね。

 仏教の根幹は「因果の道理」「善因善果 悪因悪果 自因自果」と教えられています。

 ここで「因」とは、私たちの行い、「果」は運命のことですから、(運命は、本来は仏教の言葉ではありませんが……)「善い行いをすれば、必ず善い運命が。悪い行いをすれば、必ず悪い運命があらわれる。自分のやった行いは、善いのも悪いのも、自分に運命をもたらす」というのが、厳粛な因果の道理です。

 自分のまいたタネが、そのうち腐って芽が出なくなる、ということは、万に一つ、億に一つもありません。
 悪いことをすれば、時間はかかっても、必ず悪い結果をもたらします。

 私たちの行為を、仏教で「業(ごう)」といいますので、このことを「業力不滅」といわれます。
 因果の道理には、時効はありません。

 まいたタネは、必ずいつか生えるのです。

(I)

人生の物差しは、親鸞聖人のみ教え

7 月 29, 2009 on 2:01 pm | In 参詣者の声 | No Comments

 韓国の親鸞会会員からの投稿です。

韓国親鸞会

 去年の12月、母と一緒に親鸞会会員となり、すでに会員になっていた祖母と親子3代で聞法しています。

 家の宗旨が仏教だったので、小さいころから祖母と両親に連れられて寺に行くのが好きでした。
 大学生になってからは、自分自身の人生の物差しが必要と思い、仏教に関心を持ち、仏教徒になろうと決めたのです。

 しかし韓国では、仏教を体系的に教えてもらえる機会がほとんどありません。
 仏教徒といいながら教えを知らない自分が恥ずかしく、常々教えを知りたいと思っていました。

 そんな中、「仏教の勉強会があるから一緒に行ってみないか」という祖母の誘いで、初めて親鸞会とご縁を結びました。
 勉強会に参加すればするほど、祖母が以前より明るくて穏やかになった理由を実感しました。

 母も誘って一緒に聴聞するようになり、昨年11月、親子3人で親鸞会結成50周年記念大会に参詣。
 高森顕徹先生のご説法を聴聞し、自分の過去を振り返ってみました。

 これまでのすべてのことが、親鸞聖人の教えられた道を進むよう、阿弥陀仏が引っ張ってくださっていたことが強く知らされ、迷わず親鸞学徒になりました。

 これからも親子3人、人生の目的に向かって進ませていただきます。
 

『1Q84』のモチーフは

7 月 28, 2009 on 2:27 pm | In 社会 | No Comments

 村上春樹の新刊『1Q84』は、発売から12日で100万部突破、すでに200万部を超えているといいます。
 大変な反響ですが、内容はオウム真理教の事件がモチーフです。

 インタビューで村上春樹氏は、
「オウム裁判の傍聴に10年以上通い、死刑囚になった元信者の心境を想像し続けた。それが作品の出発点になった」と語っています。

 優秀な若者がなぜ、オウムに走ったのか。

 オウム信者の中には、「自分の存在意義に、正面から答えてくれたのは教祖麻原だけだった」と漏らした青年もいました。
 人生の目的に渇き切った心は、泥水でもすすらずにいられなかったのでしょう。

 すべての人が最も知りたい人生の目的を教えられた、親鸞聖人のみ教えにこそ、事件の真の解決があるのではないでしょうか。

(R)

世紀の天文ショーを正本堂と一緒に

7 月 24, 2009 on 3:04 pm | In 日記 | No Comments

日食

数カ月前からマスコミなどで話題になっていたのが、「衆議院解散」「皆既日食」

衆議院解散はアレとして、老いも若きも今週の最大関心事は「日食」!先日22日は、太陽が月にスッポリ隠れてしまう皆既日食で、日本の陸地で観測できるものとしては、1963年7月21日以来46年ぶりとのこと。皆既日食は、トカラ列島などの限られた場所でしか見られませんが、月が太陽の一部のみを隠す部分日食は、日本全国で観測できるとあって大フィーバーでした。

そこで、親鸞会館のある富山県ではどうかといいますと、富山市天文台の情報によれば、9:52ごろから「食のはじめ」といって天頂側から徐々に欠け始め、11:07ごろに最も欠ける「食の最大」となり、この時の最大食分が74%。そして、12:24ごろに日食の終わりとなる「食のおわり」でした。ちなみに、最大食分が74%というのは、最大で太陽の74%が欠けてしまうということなんですが、70%を超える部分日食は1958年4月19日以来51年ぶりだそうです!

「そんなチャンスを、ぜひとも正本堂と撮りたい!」と思うのは、写真愛好家としては当然のことですね。ただ、日食の撮影というのは、まさしく「太陽の撮影」!太陽の光量はハンパではなく、どんなストロボをまとめてたいたところで及ばない明るさなんですね。ですから、そのまま撮っては、ただ真っ白く飛びまくった写真になりかねません。それなりの準備が必要です。

日食撮影の準備

最も大事なのは、そのケタ外れの光をいかにしてコントロールするかっていうことになります。つまり、人間なら日食観察用の「日食グラス」を使って観察するように、カメラにも日食グラスとかサングラスのような減光アイテムが必須となります。それが、NDフィルターですね。

一般的に、NDフィルターが使われるのは「滝の撮影」ですね。写真集などで日本の滝の写真を見てみると、水しぶきすら感じさせない絹糸のような綿のようなソフトな写りになっているかと思いますが、これはNDフィルターというカメラ用のサングラスを装着してシャッタースピードを遅くして撮っているからで、そうすることによって水しぶきがはじける荒々しい滝も、華麗な絹糸の滝に大変身してしまうのです!でも、この滝の撮影レベルでは、光量を1/4とか1/8程度に落とすNDフィルターで十分なんですが、さて、太陽になるとどんなもんでしょう?

推奨されているのは、富士フィルムやケンコーなどで扱っている、光量を1/10000にしてしまう超弩級のNDフィルター。透かしても何も見えない真っ黒なガラスみたいだそうですが、太陽を撮影することを考えなければ出番がないシロモノですね。そんな、使用頻度の低い1/10000のNDフィルターは、とっくにメーカー在庫も尽きしてしまい、頑張ったところで入荷は日食に間に合わず!はるかに減光能力の低い1/400も品切れとなり、揚げ句の果てには1/8なんていうのも品薄になる「特需」でした。

親鸞会館も写し込む「技」

しかし、そんな1/10000のNDフィルターなんて、今回の日食撮影が終われば、そのまま防湿庫行きで、気がつけば数世紀もの間発見されない正倉院の宝物状態になりかねません。そんなワンチャンスのために購入するのもバカバカしいですし、何よりもそんなに減光してしまえば太陽以外には何も写りません。そこで「正本堂も写し込んで撮影するには、アレを試してみるしかない!」と、ある特殊撮影&特殊画像加工を試してみることを企ててみました。

それが、HDR(ハイダイナミックレンジ)画像の生成ですね!

同じアングルで露出を段階的に変えた写真を数枚撮影し、パソコン上の特殊なソフトで多ビット画像に統合してしまうという銀塩写真では、まず難しい写真を作り出すという手法です。

気になる天候は……

さて、これほどの明度差のある写真でHDR画像を作ったことがない私ですが、いよいよ22日を迎えました。前日は雨!心配していた天気でしたが、雨の国である富山も珍しく晴れ、日食中は悪くても薄く雲がかかる程度でした。

いそいそと、カメラを2台設置。望遠専用と広角専用の2台です。広角のレンズには、もともと所有していた1/4のNDフィルターと反射除去用のPLフィルターの2枚重ねで対応。絞りは最大絞りで所有レンズならf22で、ISO感度も減感してISO100相当にしました。

そして、11:00過ぎ、周囲は薄暗くなりましたが、正本堂に露出を合わせて撮影したのがコレ。

日食と正本堂

……と、いくら部分日食とはいえ太陽の光量はハンパじゃありません!太陽がどこにあるのか分からないくらいにまぶしいじゃないですか!!減光しまくっていますが、シャッタースピードは1/5秒くらい。

ここから、段階的にシャッタースピードを速めていき、最速の1/8000秒まで持っていくと……、

日食と正本堂

……となってしまいます。まさに闇夜ですね。これでも、光量に追いつけないので、輪郭は丸くなってしまいました。でも、これ以上、暗く撮れないですね。さて、ここからHDR処理ソフト(しかも、トライアル版……)にて統合し、レタッチしたのがコレです。

日食

シャッタースピードにして、1/5秒と1/8000秒という両極端な露出の写真の統合ですので、1600倍もの明度差を通常レンジに圧縮しています。そのため、正本堂が夕暮れのように薄暗いのですが、これはご愛嬌。肉眼でも観察できない正本堂と日食のツーショットです!ネット上で日食写真を検索しても、HDRやっている人はあまり見掛けませんね。

この調子で、鷲のマークをクローズアップして撮ったのがコレ。

日食

これは、日食が始まったころですね。何となく鷲の陰影が分かる程度に露出を落としています。レンズ内での反射によってできるゴーストが日食の影響で三日月型になっていることに注目です!

ほぼ同じアングルで、露出を上げて撮ったのが次の写真です。

nisshoku01

ごらんのとおり、太陽に雲がかかっていたので、減光作用があって装備不十分な私としては恵みの雲でした。鷲のマークもカッコイイですね。

そんな感じで、今回の日食撮影は終了!HDR処理も体験できて面白かったです。

次回の金環日食に期待!

富山で次に観測できる部分日食は、来年1月15日の16:54ごろ。ほとんど日没なので、形は見えるかもしれませんが、最大食分11%なので、あまり欠けません。それよりも、2012年5月21日の7:21ごろには、日本の太平洋側では金環日食が見られ、富山では最大食分92%の部分日食が見られますので、それに期待したいと思います。法輪閣の屋上から撮れば、正本堂と立山連峰と日食のトリプルショットが期待できます!

それで、どうしても皆既日食を正本堂で見たければ2035年9月2日まで待つしかないようです。それこそ生きていられるかどうか……。

頑張って生き抜きたいと思います。

【動画】同朋の里・F館建立最新状況(7月23日)

7 月 24, 2009 on 12:42 pm | In 聞法ドメイン | No Comments

同朋の里・F館建立の最新状況を、動画で紹介いたします。

7月23日(木曜日)

土間のコンクリート打ち作業の後、畜熱用の石を配置しています。

地下からの熱を、これらの石が蓄えます。

労働意欲のいちばんの栄養剤は何?

7 月 14, 2009 on 1:25 pm | In 社会 | No Comments

労働意欲

「道楽や趣味は、 多くの場合、 もしかしたら大半の場合、 根本的な幸福の源ではなくて、現実からの逃避になっている」

 これは、『なぜ生きる』(高森顕徹先生・監修)に紹介された、バートランド・ラッセルの『幸福論』の一節です。
 ここでラッセルは、「趣味に熱中する楽しみ」 は、 苦痛を一時的に忘れる時間つぶしといえると指摘しています。
 同じ『幸福論』での仕事についての記述から、7月5日の『読売新聞』〜「編集手帳」は書き起こされていました。

 〈仕事を幸福の原因の一つに数えるべきか、それとも、不幸の原因の一つに数えるべきか〉。バートランド・ラッセルの幸福論第14章「仕事」の書き出しだ◆日本生産性本部が今年入社の会社員約3000人に「デートの約束がある時に残業を命じられたらどうするか」と質問した。結果は、仕事を選んだ人が83%、デートを選んだ人が17%だったという◆ほう、そうですか——と聞き流すこともできるが、同じ問いを1972年(昭和47年)から続けていると聞けば興味がわく。今年の数字は、仕事を選んだ人が過去最高、デートは過去最低らしい。ちなみに同年の調査では、仕事69%、デート30%だった◆定年間近にさしかかった72年当時の新入社員の皆さんは、今年の新人諸君をどう見るだろう。頼もしいと感じるかもしれないし、あるいは、この不況では会社に従順にならざるを得まい、と同情するのかもしれない。調査から何を読み取るかは難しい。

 最近、親交ある首都圏の若者が、有名企業に勤めている2、30代が休日をどう過ごすか、上司とゴルフとか、自分磨きのための英会話とか、何かしら今後の役に立ちそうなことをする傾向にあり、好き勝手に時間を過ごす人が少なくなっている、とぼやいていました。
 将来への不安を、若者も敏感に感じ取っているようです。

 それほど厳しい労働環境ですが、では、仕事が生きる目的でしょうか。
 いいえ、仕事はあくまで生きる手段。
 何のために生きるのか、人生の目的を知ってこそ、働く意味も分かるというものです。

 労働意欲のいちばんの栄養剤は、「人生の目的」です。

「編集手帳」子も、こう紹介していました。

 デートより優先するかどうかはさておき、できれば仕事は楽しくやりたい。ラッセルはそうするための要素の一つを「建設的であることだ」と言っている。

(I)

【動画】同朋の里・F館建立最新状況(7月9日)

7 月 13, 2009 on 4:59 pm | In 聞法ドメイン | No Comments

同朋の里・F館建立の最新状況を、動画で紹介いたします。

7月9日(木曜日)

地中にスクリューオーガというドリルのようなもので穴を開け、地中熱パイプ(外側管)を入れます。長さ約5mのアルミ製です。

そのパイプが浮き上がらないように、水を入れています。この水は、完成後にポンプで排水します。

そして、外側管の中に内側管を入れます。地中熱パイプは外側管と内側管の2重構造になります。

※地中熱利用の省エネ空調設備

 地中の熱を利用して、夏涼しく、冬暖かくするシステム。
 ちょうど、地下道を通ると、夏ひんやりし、冬は暖かいようなものです。
 健康的で、省エネにも最適な技術です

浄土真宗親鸞会・降誕会★弁論大会のウラ側、一挙大公開 !!

7 月 9, 2009 on 4:45 pm | In 日記, 未分類 | No Comments

6月20日(土)、21日(日)は、
富山県射水市の親鸞会館で、親鸞聖人降誕会が勤められました。

降誕会(ごうたんえ)とは、
人は、何のために生まれてきたのか、
何のために、生きているのか、
苦しくとも、なぜ生きなければならないのか、
最も大切なこの問題に、ハッキリと解答を示された親鸞聖人のご生誕をお祝いして、
開かれるご法話のことです。

その降誕会2日目の午後は、毎年恒例の弁論大会が行われました。

昨年50周年を迎えた親鸞会が、結成当初から春の降誕会と秋の報恩講に行われている伝統ある行事で、

今回でなんと、143回目を迎えました。

弁論大会では、親鸞聖人の教えを学び、信じ、伝えている全国の親鸞学徒を代表して、
7名の弁士が、聞法を通じて知らされた体験を弁論します。

今回も壇上には、弁士7名の演題がズラリ、掲げられていました。

20090619142734 20090619142648 20090619142755

20090619142641 20090619142658 20090619142056

(※注 これは掲げられた時の写真ではありません…)
この演題を書かれたのは、ある書道の大家、K先生です。

K先生とは、どういうご縁でか、
ご揮毫の際には、ワタクシ、ふつつかながら、
お手伝いをさせていただいているんです。
いつも本当に、ありがとうございます。

その時のことを、一挙大公開、したいと思います。

書道に関心のある方は、必見です。

20090619141332

ご揮毫中のK先生。

到着されると上下ともに動きやすい服装に着替えられ、頭にはバンダナを締められます。

これだけ大きな用紙に、字を書くというのは、大変な集中力と体力が必要で、
途中で「暑いっ」と汗を流されるほどなんです。
その汗がこぼれないための、バンダナなのです。

20090619141716

左手に持っておられるのは、片手鍋。
これが、大きな字を書かれる時の、「すずり」にあたるのです。

 持ちやすいから、移動しやすい、墨もたれないので、とっても便利!

ご自宅では、アルミ製のものを使っておられるとか。

「アルミだと軽いけんね~、疲れんのんよ~」(広島弁)

なるほど!

20090619134845

これが、その片手鍋と筆。

乾いた筆をいきなり墨汁につけても、なかなか吸わないので、
先生はいつも、水につけて慣らしてから、始められます。

20090619142607
これは、弁士の名前や県名を書かれる時に、使われた筆。
なんと、狸の毛です。たぬき!

硬めの毛なので、力強い線を書くことができるんです。
さて、皆さんは、書いている間に、筆の穂先がボサボサ、割れてきたりすると、どうされますか?

すずりで、筆を調えませんか?
そうでないと、紙に筆を置けませんよね?どうでしょう?

しかし!

K先生は、これをされないのです!!!

穂先はボサボサのまんまで、筆をくるくる、くるくる
自由自在に動かして、書いてゆかれるのです!!
今回も、

「んーなんか、この筆、穂先がくっついてるね~」

と言われ、
(しまった!洗い方が悪かったんだ!マズイっ)
と冷や汗流していると、
「まぁ、でも、こっちのほうが面白いかもね~」
と、書き始められました。

ほら、だから、こんなふうに、
20090619142808
「の」のかすれ具合、おもしろいでしょ?

20090619142714

これも、すごいでしょ?

「火」の4画目のはらいとか、、

「を」も、勢いと力強さにしびれます!

ほんと、ダイナミックなんです!

20090619142104

これは、「は」の字が続くので、1つ目と2つ目は、

ガラリと書き方を変えられています。

文章でも、同じ言葉を繰り返さずに書かれたものがよいといわれるのと同じようなもので。

1画目  上の字 →真ん中のあたりで、曲げてある

下の字 →上の方で、曲げてある

2画目  上の字 →下から上へ、筆を入れてある

下の字 →上から下へ。

だから、3画目の筆の流れも変わってきてますよね。

20090619142722

1画目の墨のたれは、ワザと、だそうです!

「す」の字も、2画目、最後まではらってしまわないことに驚いていると、

「『す』のお母さんは、『寸』だからね~」と。

本当に気さくに、いろいろなこと、教えてくださるんです。
20090619152421

この字も、思わずじぃっと眺めてしまいます。

もう、うっとり……。

この「一」の字、拡大しますと……

20090619152430

あぁ、もう言葉になりません……。

ということで、達人の技に感動、感激の連続でした!

まだまだ、紹介したいこと、いっぱいなのですが。
そして、最後に、気になる今回の優勝弁論は、

こちら!

20090619142632

「親鸞学徒の本道を往く」
とても嘆かわしいことに、現在、寺院では、親鸞聖人の教えが説かれていません。

お釈迦さまのお言葉、親鸞聖人のお言葉を出し、説教されているところはないのです。
しかし、親鸞聖人の本当のみ教えを知らされた「親鸞学徒」は違います☆

 

自分の個人的な体験、思いを一切入れず、

親鸞聖人のお言葉を出し、そのお言葉の意味を丁寧に説明していく。

これが、親鸞学徒の本道です!

親鸞聖人のみ教えを正しく、1人でも多くの方にお伝えしていきたいと思います。

「命」と「才能」、どっちが大事?

7 月 8, 2009 on 1:09 pm | In 社会 | No Comments

スポットライト

 マイケル・ジャクソンさんの突然の死は、熱狂的なファンのみならず、世界中の各界に大きな衝撃を与えました。

 オバマ大統領も議会の場で彼の死を悼み黙祷を捧げ、日本でもテレビ・ラジオで特番が組まれ、多くのアーティストが悲しみのコメントをしています。

 その中で、ある有名バンドのドラマーが発した一言に、思わず「ん?」と首をかしげてしまいました。

「彼の『命』よりも、『才能』が、この世から永遠に失われてしまったことが、残念でなりません」

 天才への熱烈なリスペクトを表現したかった気持ちは、よく分かります。
 彼をスーパースターの座へ導いたといわれる、あの「スリラー」の音楽とダンスと映像には、素人の私でも度肝を抜かれます。
 まして一流アーティストの目に、彼の「才能」がどう映るかは、想像に難くありません。

 しかしそれは、「命」よりも、価値あるものであったのでしょうか。
「才能」が有るか、無いかによって、その人の「死」が「残念」であったり、無かったりするのでしょうか。

 ちょっと怖い気がするのは、このような、「命」よりも「才能」に価値を置く発言には、「じゃあ才能の無い人は死んでもかまわないのか」という声が聞こえてきそうだからです。

 仏教では、「男女、老若、才能の有無や健常者・障害者、国籍や肌の色」など一切の差別なく、どんな人の「命」にも、共通して、「地球よりも重い」価値がある、と教えられています。
 それは一人一人が、「地球よりも重い」目的をもって生まれてきたからであり、その目的を果たすための「命」だからなのだと、お釈迦さまはおっしゃっています。

「人身受け難し、今已に受く。
 仏法聞き難し、今已に聞く。
 この身今生に向って度せずんば、
 さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん」

 才能の有る人も、無い人も、ともに、本当の幸福になれる。この人生の目的を伝えることが大切なことと知らされました。

(G)

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