「仏法説かれる先生を大事にしいよ」〜父の言葉、忘れない〜
6 月 30, 2009 on 2:23 pm | In 参詣者の声 | No Comments
「『正信偈』で意味の分からないところがあるから教えてほしい」
利香さんが、父・藤雄さんから、こう言われたのは2年前だった。
大病を患い、広島から奈良へ移って利香さんと暮らすようになった時のこと。
「強信な真宗門徒の家で育った父は、仏壇から『正信偈』1冊だけを携えて来たんです」
父の力になりたいと思ったが、だれに聞けばいいか分からない。
新興宗教を信仰していた利香さんは、そこで知り合った清水さんに相談すると、「兵庫の弟の家に浄土真宗の講師が来ている」と紹介された。
依頼を受けた兵庫県担当の親鸞会講師が奈良へ赴き、利香さん親子に親鸞聖人のみ教えを伝えるようになる。
「新興宗教を30年以上続けましたが、何のために生まれてきたのか、死ねばどうなるのかという、私がいちばん知りたいことは聞けなかったんです。それが、幼いころ親しんでいた『正信偈』に説かれているとは思いもよりませんでした」
まじめに生きているのに苦労続きの人を見ては、なぜこうも理不尽なのかと感じていた。
しかし「三世因果の道理を聞き、それまでモヤモヤしていたものが一気に解けていきました」。
藤雄さんに続き、利香さんも昨年、親鸞会会員となる。
「仏法説かれる先生を大事にしいよ」と繰り返した藤雄さんは、今年4月20日に逝去した。
「私を親鸞聖人の本当の教えに遇わせるために父は奈良に来てくれたのだと思います。父の言葉、忘れません」と利香さんは語っている。
『お経は死人のごちそう』に納得できず……
6 月 27, 2009 on 2:39 pm | In 参詣者の声 | No Comments
岐阜県を担当する親鸞会講師からの投稿です。
今年、仏縁を結ばれ、お仏壇に正御本尊をお迎えしたご夫婦が、こう語っておられました。
「ああ、もっと早くお会いしたかった。
長く新興宗教に迷っていました。浄土真宗の家に生まれながら、親鸞聖人の教えは一つも聞かされてこなかったのです。
それに住職や親たちが、『お経は、死人のごちそうだから』というのに納得できませんでした。
生きている自分が聞いても難しいのに死んだ人が分かるのかと疑問でした。
ところが高森顕徹先生の『こんなことが知りたい』を読ませていただいたら、ハッキリ答えがありました。
しかも先生の文章は、『こう思われます』『○○でしょう』などと曖昧な表現はなく、『○○です』とハッキリ断言されています。
今までいろいろな宗教に迷い、多くの本を読んできましたが、こんな断言は初めてです。本当にビックリしました」
この岐阜に、まだまだ仏縁深い方がおられます。
祖師、親鸞聖人のご恩をしのび、ともに親鸞会館のご法話に参詣したいと思います。
「横」という字は、かわいそうな字?
6 月 25, 2009 on 1:41 pm | In 浄土真宗 | No Comments
読売新聞「編集手帳」の視点の鋭さ、幅広い蘊蓄、伏線を回収する絶妙なオチのつけ方には、いつもうならされています。
6月5日は、「横」という”かわいそうな”字についてでした。
「横」というのはかわいそうな字で、横領、横流し、横恋慕…好ましからざる言葉に縁がある。日本郵政の人事をめぐる鳩山邦夫総務相と西川善文社長の確執も、「横」の押しつけ合いと言えなくもない◆重い不祥事にけじめをつけないまま続投の意思を固めた西川氏を鳩山氏は「横暴」の人と見、認可権限を盾に人事に口を差し挟む鳩山氏を西川氏は「横車」の押し手と見ているのだろう◆経営責任の説明もなしに再任の流れが出来上がったのは多くの国民に納得のいきかねるところで、筋論では鳩山氏の押す車に相応の理がある◆与党内の続投擁護論も分かりにくい。「三顧の礼で迎えた人をクビにできない」という。神聖にして侵すべからざる経営者というのも珍しい。「“民営化の象徴”西川氏が去れば、民営化路線が崩壊してしまう」という。一人転べば皆転ぶとは、何とも頼りがいのある路線である◆鳩山氏は大臣の職を賭す覚悟という。麻生首相はこれまで、「総務相が適切に判断すると思う」と涼しい顔をしていた。混迷の根は「横暴」や「横車」ではなく、首相の「横着」にあったのかも知れない。
「横」という字を含む「好ましからざる」熟語を幾つも出されて、今の郵政人事のゴタゴタを批判し、最後は首相の「横着」をとがめるという着地。お見事です。
さて実は、親鸞学徒にも「横」という字はなじみ深く、「横超(おうちょう)」「横截(おうぜつ)」など、よく聞きます。
意味は「他力」ということ。
「他力」といっても、一般に誤解されているような、「他人の力」ということではありません。
「他力」の語源は仏教ですから、仏教の言葉遣いに従いますと、「阿弥陀仏のお力」のこと。
親鸞聖人は、
「他力というは如来の本願力なり」
と、『教行信証』に明言されています。
「すべての人を、絶対の幸福に救う」と誓われている「阿弥陀如来の本願力」のみを、「他力」と言われ、これを一字で「横」とも表されるのです。
ですから、親鸞聖人の書かれたお聖教(仏教の本)に、「横に」とあれば、「阿弥陀仏のお力によって」と理解して間違いありません。
先ほどの「横超」「横截」いずれも、「阿弥陀仏のお力によって、この世から未来永遠の幸福に救い摂られること」を言われた言葉です。
親鸞学徒には、「横」は”かわいそうな”"好ましからざる”字どころか、阿弥陀仏の不思議な威神力を表す文字なのですね。
(G)
身も心も毎日、歓喜無量
6 月 18, 2009 on 1:41 pm | In 参詣者の声 | No Comments
親鸞聖人のみ教えに遇えたことを喜ぶ、台湾の親鸞会会員の声を紹介しましょう。
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親鸞会館の二千畳は、六道の出口であり、極楽への入り口です。
私一人がための正本堂でありました。
無上仏は種々に善巧方便し、私を、高森顕徹先生の御元に引き寄せられるため、どれほどご苦労の涙を流されたか分かりません。
そのおかげで私は、ご教導どおりに、ひたすら光に向かって進ませていただくことができました。
親鸞聖人、高森先生に、深く感謝申し上げます。まことにありがとうございました。
先生にお会いするまでは、いろいろ大変な苦難もありましたが、その苦しみから、ブツブツ文句を言いながら生きてきました。
108の煩悩にまみれ、罪悪深重を、深重とも知らない愚者でした。
こんな愚か者が、無上仏のご念力によって、親鸞聖人の真実のみ教えにお遇いできて、身も心も毎日、歓喜無量です。
心より厚く御礼申し上げます。
無二の善知識にお会いできることは、難中の難なのに、その中、お会いできた私は、比べるものもないほどの幸せ者です。
この無上の仏縁を大事にいたします。
23歳にして、億万長者!……ですが、ご用心
6 月 17, 2009 on 1:11 pm | In 社会 | No Comments アメリカの宝くじで、牧場で働く若者が、日本円で228億円余りの賞金を獲得したそうです。
日本のCMでは、「ドリームジャンボ3億円♪」とか言っていますので、いかに大金かが分かります。(NHKニュースより)
この男性ウォンレスさんは、コンビニで15ドル(約1500円)分の宝くじを買いました。
6つの数字を当てるものだったそうです。それが、見事的中。
牧場の経営が悪化し、苦しい台所事情での幸運だったそうです。
しかし、好事魔多しといいます。こんな例には事欠きませんから、ご用心。
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1989年春、ジョージア州に住むポール・クーニーさん(当時26歳)は、宝くじで約22億7千万円を引き当てました。晴れがましく会見に臨み、「未納の電話料金を払い、寄付もしたい」と語ったのです。
クーニーさんはまず、かつて勤めた自動車販売店の経営権を買い取り、元上司や同僚をアッと言わせました。
「ウエートレスとして、地道に働き続ける」
と言って、世間を感心させた妻のドナさんも、まもなくドーナツ店をやめています。
ところが放漫経営のため、自動車販売店は1年も持たずに閉鎖。
次に値の張る年代物の乗用車を買い集めたクーニーさんは、高級中古車販売業を目指しました。
やがて夫婦仲がほころび、離婚したドナさんに賞金の3分の1を与えます。
2人目の妻との生活もすぐ破綻し、離婚訴訟費や慰謝料がかさみました。
事業を好転させるために融資を受けた人物は詐欺師まがいで、法外な利子を取られます。
友人を失い、親類とも疎遠になって、フロリダ、テネシーと転居も5回に。10年余りが経ち、独り暮らしでパートタイムの仕事をしているクーニーさんには、5億5千万円近い借金があったと報道されています。
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仏教を説かれたお釈迦さまは、「この世の宝は、身を責める道具になることが多い」とおっしゃっています。
賞金の小切手を手渡されたウォンレスさん、「地域の人たちに助けられてきたので、これからは何倍も恩返しをしたい。無駄遣いはしません」と語ったそうです。
気をつけてくださいね。
(I)
心から満足できない「闇」
6 月 13, 2009 on 4:16 pm | In 日記 | No Comments桜が散り、紫陽花の季節になりました。
島崎藤村の「別離」という詩に、花に触れたところがあります。
「梅の花さくころほひは
蓮さかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
萩さかばやと思ふかな」
梅が咲けば、蓮が見たいと思い、蓮が咲けば、萩が見たいと思う。
ないものねだりをするのが、人の性なのでしょうか。
花ならずとも、欲しいものがやっと手に入ったのに満足できず、また別のものが欲しくなる──。
心から満足できないのは、欲しい物を自分の物にできないからではなく、心そのものが暗いからなのだよ、とお釈迦さまは教えられました。
そんな心の闇を破る教えが、二千畳の親鸞会館で説かれています。
「紫陽花よりも、向日葵を早く見たい」と嘆く前に、一度、お出掛けください。
(E)
窓の隙き間から鳥が飛び込むよりも……
6 月 11, 2009 on 1:22 pm | In 日記 | No Comments
仕事中、目の前を茶色い物体がスーッと横切りました。
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一体、何が起こったのかと振り向くと、茶色い鳥が、部屋の中を飛び回っていました。
換気用に開けてあった窓の隙き間から、入り込んだらしいのです。
窓の隙き間は、10センチ程度。
その鳥も、ほぼ同じ大きさだったので、うまく擦り抜けたものだなあと思いました。
もし、隙き間に入らず、窓ガラスに激突していたら、ここはビルの3階、悲惨な結果になったに違いありません。
こんなこともあるものなんだあと思いながら、ふと、お釈迦さまの「盲亀浮木の譬え」を思い出しました。
* *
ある時、お釈迦さまが阿難というお弟子に、
「そなたは人間に生まれたことをどのように思っているか」
と尋ねられた。
「大変喜んでおります」
と阿難尊者が答えると、お釈迦さまは、
「果てしなく広がる海の底に、目の見えない亀がいる。
その盲亀が、100年に一度、海面に顔を出すのだ。
広い海には1本の丸太ん棒が浮いている。
丸太ん棒の真ん中には小さな穴がある。
その丸太ん棒は風のまにまに、西へ東へ、南へ北へと漂っているのだ。
阿難よ。100年に一度、浮かび上がるこの亀が、浮かび上がった拍子に、丸太ん棒の穴にひょいと頭を入れることがあると思うか」
聞かれた阿難は驚いて、
「お釈迦さま、そんなことはとても考えられません」と答えると、
「絶対にないと言い切れるか」。お釈迦さまが念を押されると、
「何億年かける何億年、何兆年かける何兆年の間には、ひょっと頭を入れることがあるかもしれませんが、無いと言ってもよいくらい難しいことです」
阿難の答えにお釈迦さまは、
「ところが阿難よ、私たちが人間に生まれることは、この亀が、丸太ん棒の穴に首を入れることが有るよりも、難しいことなんだ。有り難いことなんだよ」
と、教えられました。
* *
この鳥が、窓の隙き間から部屋に飛び込んだよりもずっとずっと稀な確率で、私たちは、人間に生まれてきたのですね。
同僚の手で保護され、再び大空へ帰っていく鳥を見ながら、人間に生を受けた有り難さをしみじみと思いました。
(E)
関連
油断は禁物 新型インフルエンザ
6 月 10, 2009 on 1:36 pm | In 社会 | No Comments
新型インフルエンザは、感染も報道も終息しつつあるようですが、油断は禁物です。
今回のは弱毒性のようですが、この秋から冬に鳥インフルエンザがやってきて、感染者が蔓延すれば、世界で最大1億5千万人、日本でも64万人が死亡するといわれています。
そうなれば、人が集まることもできませんし、最低10日から2週間は外出を控え、自分の身は自分で守るしかありません。
そこで、乾パンを用意するのはどうでしょう。ここでは、北陸製菓というメーカーが発売している乾パンを紹介します。
>>北陸製菓のホームページ
缶入りのものは、1食分が1缶に入っていて、5年間は保存できるようです。
試しに食べてみると、けっこうおいしい。
同封されている金平糖を一緒に食べると、唾液が出て、水なしでも食べやすくなります。
いろいろな事態を考慮して、対抗手段を講じ、決して不用意に感染を拡大させてはなりません。
私たち一人一人の命には、弥陀の本願を聞き抜くという崇高な使命があるのですからね。
(I)
後戻りできない「人生」という旅 〜花のいのちはみじかくて〜
6 月 8, 2009 on 1:10 pm | In 日記 | No Comments森光子さん、国民栄誉賞の受賞、おめでとうございます。主演舞台の『放浪記』2000回公演って、すごいですよねえ。
70歳の時から、足腰強化のため、スクワットを毎日欠かさず朝晩75回しているそうです。
2000回公演を迎えるにあたり、100回ずつに増やしたそうですよ。
そんな89歳の方に、お会いしたことありません。努力の賜物です。
ところで、『放浪記』って、そもそも何なんでしょう。
これは、昭和初期の流行作家・林芙美子さんの書いた自伝的小説で、「私は宿命的な放浪者である。私は古里を持たない…したがって旅が古里であった」で始まります。
仏教を説かれたお釈迦さまも、人間を旅人に例えられています。
私たちの人生は、昨日から今日、今日から明日へと、時間を旅しているようなものです。
それは決して、後戻りできない旅であり、どこへ向かえばいいのか、当てもなくさまよう、放浪の旅なのかもしれません。
林芙美子さんは、「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」という有名な言葉を残しています。
47歳の短い人生、林芙美子さんは、どこへ向かって旅をしたのでしょう。こちらで、どうぞ。
(I)
超一流選手も評価はコロコロ
6 月 6, 2009 on 9:17 am | In 社会 | No Comments
3月末にワールドベースボールクラシック(WBC)で、日本が優勝しました。
中国のインターネットメディア新浪体育は、決勝戦では最後イチローの力で韓国を破ったと伝え、この優勝が経済に及ぼす影響を報じました。
日本の野球界では巨人が優勝すると、商店の売り上げ増などでGDPが0.2%上がるそうですが、WBC優勝となれば、日本の消費が押し上げられるだけでなく、世界経済にも計り知れない効果があるだろうと論じています。
WBCのあと、メジャーに戻ったイチローの活躍が期待されていましたが、マリナーズの成績は不振です。
そのため、イチローにも批判が集まっています。
地元紙シアトルタイムズの元記者は「イチローの打撃がまずいわけではない。何か足りないわけでもない。ただチームが彼に変化を求めているだけだ」と疑問を投げかけ、アメリカの大手ネットワークCBSも、「マリナーズはイチローが打線にいないほうがいいチームだ」などと報じました。
超一流選手といえど、都合が変われば評価も変わります。
「今日ほめて 明日悪くいう 人の口 泣くも笑うも ウソの世の中」と、一休が笑ったとおりではないでしょうか。
(R)
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