子供を育て始めて知らされる「親の恩」
4 月 23, 2009 on 1:18 pm | In 日記 | 1 Comment先日、朝7時に福井の実家に住む母から電話がありました。
仕事に出掛ける直前、慌てて電話を取ると、
「今日、誕生日だったよね。これからも元気で頑張りなさい」。
そう言われて初めて、「そういえばそうだった」と思い出していました。
やっぱり親って、子供のことはいつまでも気にかかるみたいですね。
そういえば、幕末の思想家、吉田松陰は、「親思ふ 心にまさる親心 けふのおとづれ何ときくらん」との辞世の句を残して、刑場の露と消えたといいます。
江戸末期、時の権力者・井伊直弼が、反幕府の思想を持つ者たちを一斉に弾圧した「安政の大獄」が起きますが、吉田松陰も捕まって投獄され、最期、詠んだといわれるのが、上記の歌です。
「親を思っている以上に、心をかけてくださっているのが親というもの。今日のこの死刑を、何と聞かれるだろうか……」という意味のようです。
1月末に子供が生まれました。
最近、夜泣きがひどくて、夜中に散歩に連れていっても声を張り上げて泣きやまず、この前は、擦れ違う人から「大変だね〜」と言われる中を、1時間ほど歩いていました。
家に帰ってからは、オムツを取り替え風呂に入れ、ミルクを飲ませ、寝かしつけます。
育児って、体力使います。自分の時間もなかなかとれません。
しかも病気になったらとか、保育園になじめるかなとか、心配が次々に出てきたりもして。1人でもアップアップの状態です。
でも、母は、3人の子供を育てました(もちろん、父も)。
子供を育て始めて、改めて、親ってやっぱりすごいなと思いますね。
仏教では、『父母恩重経』というお経があって、「父母の恩重きこと天の極まり無きが如し」と教えられていますが、本当にそうだなぁとかみしめています。
(W)
「よい夫婦の日」に教えたい秘訣を一つ
4 月 20, 2009 on 1:21 pm | In 社会 | No Comments4月22日は、よい(=4)夫婦(=22)で、「よい夫婦」の日だそうです。
永年、連れ添うのですから、だれでも、仲の良い、〝よい夫婦〟でありたいと願うことでしょう。
しかし、「現実はなかなか……」という声もちらほら。
そんなあなたに、「よい夫婦」の秘訣を教えた話があります。
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夏の暑い日、主人が帰る。
「いま帰ったぞ。ああ暑かった」
「おかえりなさい。暑かったでしょう。家にいてさえ汗が流れたのに、一生懸命働きなさって。マア!この汗。太郎、うちわであおいであげな」
「ナーニ、これくらいの暑さ。オオ、もう一ぺんいってこようか」
となるが、
「おかえり。夏ですもの、あんただけが暑いのではないのよ。大きな顔しなさんな」
とくると、
「ナニ、このふてくされめが」
となる。
男には、三軍を叱咤するような気持ちのおこるときと、子供のように甘えたいときがある。
「とにかく、おれについてこい」
と、たのもしくリードするかと思えば、
「オイ、母ちゃん、耳のあかをとってくれや」
と、膝枕でヨダレを流したりする。
「オイ、一万円だぞ」
と、奥さんに渡すと、
「一万円、一万円と、えらそうに言わずに、あるだけみんな出したら」
「男には、交際があるんだ」
「つきあい、つきあいと言って、よそばかりで飲まないで、家で飲んだら、どうォ」
「豚の尻みたいな顔見て、飲まれるか」
「長い間、がまんしてきたが、こんなに侮辱されたことないわ。十七年前、一緒になってくれにゃ死ぬと言ったのは、どこのどなただったのよォ!」
「このやろう!!昔のことを引っぱり出しやがって……」
と、収拾つかなくなる。
なぜ夫婦ゲンカが、おこるのか。
男は47、女は48の歯車でかみあっている。突然一つの山が、かちあうときがある。
どちらかが〝すみません〟と、詫びをいれればいいが、はりあうと歯車は、かちあった状態のままになる。
要は一心同体と考え、無礼な言動が原因だ。
夫婦はもともと、他人であることを、忘れてはなるまい。
(高森顕徹著『光に向かって100の花束』より)
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お互い、「よい夫婦」でいたいものですね。
(E)
我々の鬼を更生させるのは何か
4 月 17, 2009 on 1:38 pm | In 社会 | 1 Comment
『読売新聞』1面コラムの「編集手帳」は、文章も内容も勉強になります。
特に、他国の上空に勝手に「飛翔体」をぶっ放つような国の指導者へ、時には痛烈な批判を、時には小気味よい揶揄を浴びせて面白いと思います。
4月6日の一節を。
白い露も、紅葉の上に宿ると赤く見える。〈もみじに置けば紅の露〉という。置かれた状況で色合いを変えるのは露に限らない。野球少年が夢を託す白木のバットも、ゴロツキが握れば流血の凶器となる
◆人工衛星の打ち上げも、弾道ミサイルの発射も、原理はひとつである。常識の通じる国が試みれば涼やかに白い月面が脳裏に浮かび、無頼漢国家の手にかかれば真っ赤な火の海が浮かぶ◆
「人工衛星」に名を借りて、北朝鮮が長距離弾道ミサイルを発射した。核弾頭を載せれば核ミサイルになる。許しがたい狼藉である。
北米航空宇宙防衛司令部によれば、「(人工衛星の)軌道上に乗った物体はない」と確認されたそうで、白い月面には遠く及びませんね。
しかし、ここで自戒すべきこと。
『白道燃ゆ』という著書に高森顕徹先生は、「科学は鬼か、仏か」と題し、原子力を平和利用するか核兵器にするかをめぐり、こう書かれています。
科学は果たして鬼なのであろうか。いや、科学は必ずしも鬼ではないが、科学を利用する人間の心に鬼が棲むのである。
貪欲と、瞋恚と、愚痴がそれである。釈尊はこれを青鬼・赤鬼・黒鬼と教えられた。この鬼の前では、人間の尊厳も、自由も、生命の歓喜も許されない。教養も修養も学問も、倫理も道徳も糞くらえだ。
鬼ヶ島の鬼を退治したのは、桃太郎であったが、我々の鬼を更生させるのは、真実の仏法よりないのだ。
してみれば、かの為政者だけが特別なのでなく、科学を生かすか殺すかは、人類全体の課題なのかもしれません。
(I)
大切なことが忘れられていませんか?
4 月 15, 2009 on 1:20 pm | In 社会 | 1 Comment
自らガンを患い、3度の手術を経て、テレビ番組の司会に臨むジャーナリストがあります。
鳥越俊太郎氏69歳。
08年4月より、BS朝日の「医療の現場!」という番組で、最新医療の現場を紹介し、さまざまな課題を提示しています。
その心境を、『アエラ』(09.04.06)の「医療の現場」の広告のページで次のように述べています。
自分がガン患者になったことで、人生の残り時間で何ができるのかと考えるようにもなりました。
現代医療への関心が以前にも増して大きくなり、「ガンになった僕だからこそ伝えられる現実があるはず」という強い思いから、今、BS朝日の『鳥越俊太郎 医療の現場!』の司会を担当しています。
それでも、健康な人にはなかなか声が届かないようで、さらにこう続けています。
僕自身、現場を取材しながら司会を務め、知らなかった病気を知り、その対処法にも詳しくなりました。
そこで、会う人には老婆心ながら「病気に気をつけて」と言いたくなるのですが、健康な方はたいてい、真面目に受け取ってはくれません。
ただ、頭の片隅に置いてほしいのです。人は誰もが老い、病気にかかるもの。その病気の種類は、数え切れないほどたくさんあるということを。(『アエラ』(09.04.06)の「医療の現場」の広告のページ)
ガンを抱えて初めて鳥越氏は、「人は誰もが老い、病気にかかるもの」「人生の残り時間で何ができるのかと考えるようにもなりました」と述懐されています。
パスカル(フランス)は、1週間の生涯でなすべきことは、100年かけてでもせよ、と述べたといいます
いざ健康な時には気にも留めず、先へ先へと押しやっている大切なことがあるのではないでしょうか。
(W)
どんな苦境にも脱出ルートが
4 月 13, 2009 on 1:22 pm | In 社会 | 1 Comment
1月15日、ニューヨークで155人を乗せた飛行機が、鳥の群れと衝突して、エンジンが両方とも故障しました。近くの空港に降りることも、出発地に戻ることもできない絶望的な状況の中、機長のとっさの適確な判断によってハドソン川に不時着して、全員の命が助かり、「ハドソン川の奇跡」として機長は絶賛されています。
後日、機長は雑誌で、こう語っています。
「飛行機は突然言うことを聞かなくなったが、それでも機内の全員の命を救うよう努めることが自分たちの義務だと思っていた。私たちは決してあきらめなかった。
同じように、失業や住宅の差し押さえなどの危機に直面している人たちもあきらめないでほしい。どんなに状況が不利で、与えられた時間が乏しくても、打てる手はどこかにあるはず。どんな苦境にも脱出ルートはきっと見つかる」(NEWSWEEK 2009.2.25)
勇気を与えられる言葉ですね。
光に向かう親鸞学徒も、決してあきらめてはならないと、励まされました。
(R)
旅する司令塔・ヒデ 日本には精神的満足が必要
4 月 9, 2009 on 1:14 pm | In 社会 | No Comments
「ヒデ」こと、中田英寿さん(元サッカー日本代表)が日本に戻ってきました。
海外のクラブに移籍してより約10年、引退後も祖国に戻らずおよそ100カ国を旅した司令塔が、「日本を元気にしたい」と今年は日本を中心に活動するといいます。
世界中を回った末にたどり着いた日本とは?中田氏は次のように述べています。
「特に最近日本が少しおかしいなと思うことが多い。犯罪はどの国でもありますが、ほとんどが食べるため、生活のため。でも日本は違う。みんな精神的に追い込まれて、行き場を失っている気がする。海外から見るととても異質に感じます」
「昨年後半からこれまで日本を支えてきた経済も落ち込み、首相が次々に代わるなど政治も混乱している。こういうときこそ、精神的な満足感が必要です」
(『アエラ』09.3.23号より)
10年ぶりに再会した友達を見るように、しばらく国を離れていた中田さんが強く感じたのは、精神的に追い込まれている日本の姿でした。
だからこそ、精神的満足感が必要とも言われています。
では、その満足を得るには、どうすればいいのか。
大きくいえば、将来に対する不安を解消することといえましょう。
向かっている先が暗ければ、現在を明るく過ごすことは難しいし、たとえ今苦しくとも、未来に明かりがあれば一歩一歩光に向かう喜びとなります。
親鸞聖人は、この世はもちろん、未来永遠、消えることのない光を教えられました。
だからでしょう、親鸞聖人の教えを学ぶ親鸞会会員は老いも若きも元気な人が多いですね。
(W)
ベールを脱いだ俳優の素顔
4 月 6, 2009 on 1:07 pm | In 日記 | No Comments映画『ターミネーター4』の公開が近づいてきました。
ファンは大喜びですが、その一方で、主演のクリスチャン・ベールが、撮影中に激怒して、カメラマンや監督にどなり散らした映像が、インターネットに流出しています。
ベールの暴言を音楽に乗せた動画は、150万人が見ました。
ネットでさんざんこき下ろされた結果、ようやく本人も「チンピラみたいな行いをしてしまった」と反省していますが、時すでに遅し。
「怒り」と「ネット」の恐ろしさを、改めて知らされました。。。
それにしても!
『ターミネーター4』の内容が気になります! o(^o^)o
『ターミネーター』もクリスチャン・ベールも大好きなので、応援します!!
(R)
徳川家康ブームと、その「苦悩」
4 月 3, 2009 on 1:37 pm | In 社会 | No Comments
中国の企業家の間で、今、徳川家康がブームだといいます。
日本の作家、山岡荘八さんの小説「徳川家康」が中国でベストセラーに入ったのです。
昨春、出版された中国語訳本は、1セット全13巻の高額本にもかかわらず、すでに200万部を売り上げ、その勢いは現在も継続中とのこと。
40社を超える中国メディアから、「2008年度最優秀外国書籍」にも選ばれています。
@niftyニュースによると、中国人のファンは、
「徳川家康は苦境に耐えながら好機を待ち、自分を律して勝利をつかんだ偉大な人物。企業家にとって世界的な金融危機をいかに乗り越えるべきかを教えてくれる最高の師だ」
と語り、
「家康の忍耐や知恵、軍事的策略や鉄の意志を中国の若者は学んでほしい」
と勧める評論家もあるそうです。
なるほど、家康には、生涯にただ一度の敗戦「三方ヶ原の合戦」で、武田信玄が自分にとった戦法をそっくりまねて失敗を教訓にする知恵もあれば、討ち死にした武田勝頼の首級にとりついて、
「戦いの常とはいいながら、まことに悲しいことである。これも武門の習い是非もない。なろうことなら貴殿と手を取り合って、戦物語でもしたいと思っていたが、武運つたなく貴殿は果てられた」
と男泣きに泣いたという人情味もあり、学ぶべきエピソードに事欠きません。
中国で、人気が上がったのもうなずけます。
ところが、海を越えて成功者と目されるその家康も、人生を振り返ってこう述懐しています。
「人の一生は、重荷を負うて、遠き道を行くがごとし」
“死ぬまで、苦悩という重荷は下ろせなかった”というのです。
たとえ天下人となっても下ろせぬ重荷とは何でしょう。
今日なら、金融危機が解消しても下ろせぬ重荷といってもいいでしょう。
人生のそんな重荷を取り除く、親鸞聖人の本当の教えこそ、中国の皆さんにも、知ってもらいたいと願わずにおれません。
(E)
(写真:岡崎城 Railstation.net )
何も持っていない者は眠れるだろう
4 月 1, 2009 on 8:29 pm | In 日記 | No Comments
3月21日の『朝日新聞』のコラムに、こんな諺が紹介されていました。
「銀をたくさん持っている者は幸せだろう。麦をたくさん持っている者は嬉しいだろう。だが、何も持っていない者は眠れるだろう」
古代メソポタミアの言葉だそうです。
銀や麦を持っている者は、幸せで、うれしいように見えるけれども、実は、それらを持っているためにかえって、盗まれるのではなかろうかと不安になり、眠れないということでしょう。
そういえば、美術界最大の巨匠と称されるピカソは、評価が安定した30代以降、さっと1枚絵を描いただけで、城のような別荘も購入できるセレブでした。
ところが、泥棒に押し入られる夢を何度も見て、「泥棒を捕まえろ!」という自分の悲鳴で目覚めたり、そのあと気になる品を捜しても見当たらず、友人が盗んだと思い込んだりしたそうです。
しかも、その品が、数カ月後に自宅で見つかるようなことがよくあったといいます。
お金や物が無ければ苦しいですが、有れば有ったでまた苦しい。
有っても無くても苦しんでいることに変わりがないことを、お釈迦さまは、
「有無同然」
と教えられています。
そして、お金や物が有っても無くても心から喜べる、本当の幸福を説き続けていかれたのです。
(E)
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