「ありがとう」を3回言うこと
2 月 28, 2009 on 10:52 am | In 社会 | No Comments
島田紳介の「人生が変わる1分間の深イイ話」という番組(日本テレビ)で、こんな“深イイ話”が放送されていました。(2月16日)
うつみ宮土理さんが、森光子さんから受けたというアドバイス。
それは、「ありがとうを3回言うこと」と放映されていました。
例えば、食事をごちそうになった場合、「ごちそうさまでした。ありがとうございます」と、その場で1回目。
そして翌日、会った時に、「昨日は、ありがとうございました」。
さらに何日かして、「先日は、ありがとうございました」と、3回目の感謝を表すというものです。
これは、お釈迦さまが、お金や物を持たない人でも、気持ちさえあればできる布施(親切)があると、『雑宝蔵経』に説かれている「無財の七施」の一つ、「心施(しんせ)」そのものです。
「心施」とは、心から感謝の言葉を述べるようにすること。
「ありがとう」
「すみません」
1分どころか、たった5文字の音声ですが、
この世の中をどんなにか住みよく明るくするかしれません。
88歳にして今なお現役、今年5月の誕生日に、『放浪記』の舞台上演2000回を控える森さんの、たおやかな長寿の秘訣は、日々のこんな心掛けにもあったのかもしれませんね。
(E)
アカデミー賞『おくりびと』のメッセージとは
2 月 26, 2009 on 9:59 pm | In 社会 | No Comments『おくりびと』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。
日本作品では初めての快挙だそうです!
以下は朝日新聞の記事です。
第81回米アカデミー賞の発表・授賞式が22日(日本時間23日)、ハリウッドのコダックシアターであり、滝田洋二郎監督「おくりびと」が外国語映画賞を、加藤久仁生(くにお)監督「つみきのいえ」が短編アニメーション賞を獲得、日本作品のダブル受賞という快挙となった。
56年度に外国語映画賞が設けられて以来、日本作品の受賞は初めて。短編アニメ部門も、日本人監督作品の受賞は初めてだ。
受賞者に贈られる黄金色のオスカー像を手にした滝田監督は、タイトルの英語名「デパーチャーズ」にかけて「手助けしてくれたみんな、ありがとう。これが私にとっての新たな『旅立ち』(デパーチャー)だ。またここに戻ってくる」と語った。
「おくりびと」は日本では昨年9月の封切りで、本木雅弘さん主演。亡くなった人の体を清め、棺(ひつぎ)に納める納棺師の仕事に就いた男性が、人と死に向き合う様を描いた。
主演の本木雅弘さんが、「こんな映画を作りたい」と思ったことが、すべての始まりだったようです。
さらにそのきっかけは、富山県出身の作家・青木新門さんの「納棺夫日記」を読んだことにありました。
青木さんは、早稲田大学中退後、富山市で飲食店を経営する傍ら文学を志し、1973年冠婚葬祭会社(現「オークス」)に入社。1993年、葬式の現場での体験を『納棺夫日記』として著し、ベストセラーに。
過去の講演記録に、青木さんの伝えたいメッセージが書かれていたので紹介します。
今日、少年事件が多発しています。そのたびに「いのち」の大切さが叫ばれ、教育のあり方について云々されます。しかし、いつの世も少年たちは大人の背中を見て育ちます。大人たちが死を隠蔽し、死について語ることもなく、いのちのバトンタッチもしないで、いのちの大切さを求めているように私には思えてなりません。私は、死の現場で多くの死者に接しているうちに、死者たちからの教わったことは「いのちのバトンタッチ」の大切さでした。そんな話を、葬儀の現場での納棺体験を通してお話しさせていただけたらと思っています。
尊厳で、かけがえのない命。
その、本当の意味を考えるきっかけになれば、このたびの『おくりびと』アカデミー賞受賞も、幸福に近づく一歩になるのでは、と思います。
(T)
無常の世を嘆いた「麦屋節」
2 月 25, 2009 on 1:52 pm | In 日記 | No Comments

雪のほとんどない暖冬の富山県で、2月16日あたりから、ようやく冬らしい寒さと積雪になってきました。
あったかければありがたいのですが、スキー場関係の皆さんは困るし、北アルプスから1年中流れてくる豊かな水量が米や農産物をおいしくはぐくむことを考えれば、やっぱり降る時には降らないとダメなんでしょうね。
雪が似合う富山の風景といえば、3000メートル級の立山と、世界遺産の五箇山・合掌造り集落です。
五箇山観光協会によれば、ミシュラン旅行ガイド日本編 “Le guide vert Japon “(フランス版・3月発売)に五箇山が、***(三ツ星)で掲載されるそうです。
1月10日の「日経」夕刊には、インターネットで全国約2万3千人を対象に実施した観光地満足度ランキングが掲載され、第7位に「五箇山」が選ばれています。
(ちなみに、4位が立山、5位が北アルプス。1位の西表島など沖縄の島々や、上高地、尾瀬、知床などの有名どころがベスト10にランクイン)
富山出身の私も、中学と高校で1回ずつ、夏に五箇山で同級生と寝食をともにし、開放感に浸ったいい思い出があります。
大自然の中で、合掌造りの旧家に泊まる。ウーン、いいですよお。
もう一つ、五箇山には、「こきりこ」「といちんさ」などの有名な民謡があります。
中でも「麦屋節」は、黒の紋付き袴に白たすき、白足袋で、一尺五寸の杣(そま)刀を差し、笠を持って踊る勇壮な踊りです。
早いテンポの中に哀愁ある歌詞が調和するこの民謡は、平家の落人が歌い始めたといわれます。
源氏の追っ手を逃れ、ある者は武士の踏み入らぬ比叡山天台宗ににわか坊主となって逃げ込み、ある者は各地の秘境へ逃避行を重ねたのでした。
五箇山も隠れ里になった一つで、かつて「平家にあらざる者は人にあらず」と豪語した落武者たちが、無常の世を嘆いて「麦屋節」を歌い踊ったのでしょう。
麦や菜種は二年で刈るが
麻が刈らりょか半土用(はんどよう)に
浪の屋島を遠くのがれて来て
薪(たきぎ)こるてふ深山辺(ふかやまべ)に
烏帽子狩衣(えぼしかりぎぬ)脱ぎうちすてて
今は越路の杣刀(そまがたな)
心淋しや落ち行くみちは
川の鳴瀬と鹿の声
川の鳴瀬に布機(きぬばた)たてて
波に織らせて岩に着しょう
鮎は瀬につく鳥は木に止まる
人は情の下に住む
平家の落人を、五箇山の素朴な自然は、何事もなかったかのように迎え入れ、温かく包み込んでくれたのでしょう。
(I)
占いに頼らず、「しっかり!」生きたい
2 月 21, 2009 on 12:08 pm | In 社会 | No Comments

高視聴率を記録しているテレビ番組「キイナ -不可能犯罪捜査官-」に、興味深い会話がありました。
菅野美穂ふんする捜査官・キイナが、
「占いって、何で当たるのかな」
と、元恋人(塚地武雅)に尋ねます。
すると、彼は、
「どうして人は占いを信じるか、なら分かるよ。人は、印象深いところだけ覚えているんだ。占い師が言ったうち、3割が当たっていれば、あとの7割は当たっていなくても、『あの占い当たる!』と思ってしまうんだよ」。
確かに、自分の願望どおりのことを言われたり、逆に、嫌なことを言われたりすると、そこばかりが気になって、ほかは忘れてしまい、何かそれらしきことが起きると、あたかも占いが当たったかのように思ってしまうのでしょう。
60数億もいる人類の運命が、星占いのようにきれいに12とおりに分かれるとは到底思えませんし、よい印鑑を持たないと幸福になれないという印相が本当なら、印鑑を使わず、サインで済ます多くの国の人はどうなんでしょう。
それでも、ついつい頼ってしまうのは、人間がそれだけ不安だからなのでしょうか。
仏教では、私たちの身に起こる一切は、すべて自分自身の行いが生み出したものであり、占いなどで左右されるものではないと教えられています。
上野樹里さんが出演している某保険会社のCMでも、外れまくる占い師にあきれて、「しっかりしなきゃ!」と、占い師を見限っていました。
たまに当たるように見えても、私たちの運命は占いで決まるものではありません。幸・不幸の原因を正しく知って、占いに頼らず、「しっかり!」生きていきたいものですね。
(E)
実験で分かった「勝るをねたむ心」
2 月 19, 2009 on 1:07 pm | In 社会 | No Comments
2月13日付の『朝日新聞』に、興味深い記事がありましたので紹介します。
人をねたむ感情と人の不幸を喜ぶ感情をつかさどる脳の働きは、非常に関係が深いことが分かった、という内容です。
放射線医学総合研究所などのグループによる実験は、次のような手順で行われました。
大学4年生の男女19人に物語を読ませます。登場人物は以下の4人。
・被験者自身
・A(被験者と同性、進路や目標も同じで、しかも自分より優秀)
・B(異性で優秀だが、進路や目標は異なる)
・C(異性で平凡、進路や目標も違う)
物語を読んだあと、ABCへの感情を6段階で述べてもらったところ、ABCの順でねたみの度合いは高く、その時、脳のある部分が活発に動いたそうです。
その後、AとCに不幸が起きる続きの物語を読ませたところ、Cではさほどでない「うれしい気持ち」が、Aの不幸には中程度起きた。
その時、活発に動いたのは、社会的、金銭的に報酬を得た時に活発になる脳の部位だといいます。
さらに、先のねたみに関する脳の活動の大きい人ほど、後の実験の「うれしい気持ち」も大きいのだそうです。
仏教では私たち人間を「煩悩具足の者」と教えられています。
「煩悩」とは私たちを煩わせ、悩ませるもの。全部で108あるといわれます。
その中で最も恐ろしい貪欲(欲)、瞋恚(怒り)、愚痴(ねたみそねみ)を三毒の煩悩といいます。
この実験で問題にされている感情は、三毒の中の愚痴に当たります。
愚痴とは「勝るをねたむ心」ともいわれ、境遇が近く、しかも自分よりも勝っている人に激しく働く。
また「他人の貧乏、雁の味」ともいい、そんな相手に不幸が起きるとよりうれしい思いが起きてしまう。
この実験結果は、仏説が肉体的な変化として表れたことを示しているようです。
(N)
SARSより結核より怖いのは?
2 月 16, 2009 on 1:37 pm | In 社会 | No Comments
結核は過去の病気ではありません。
現在も数百万の人が感染し、6人に1人が死亡しています。
数年前に、XDR(超薬剤耐性結核)と呼ばれる新しい結核菌が現れましたが、鳥インフルエンザ騒ぎのため、注目されませんでした。
通常の結核ならば、95パーセント治癒しますが、XDRの治療は難しく、効果が弱いうえに危険な副作用がある治療法が数種類あるだけです。
南アフリカのクワズールー・ナタール州では、死亡率は90パーセントでした。
結核は空気感染するので、せきやくしゃみ、会話だけでも感染します。
対処を誤れば世界的な流行病となり、SARSよりはるかに悲惨な結果をもたらしかねません。
結核の薬は安いので、製薬会社の関心は薄いといいます。
巨大ビジネスになっているHIVの薬と対照的で、結核の薬は過去50年間、変わっていません。
人類は、結核との闘いに勝てるのでしょうか。
ただ、これほど結核やSARS、鳥インフルエンザが恐ろしいのは、それらが死につながるからでしょう。
病気の恐怖の根底にある、「死」を見つめることが、あらゆる不安の根元を知る第一歩ではないでしょうか。
(R)
「必笑だんご剣」が現代社会を変える
2 月 13, 2009 on 6:09 pm | In 社会 | No Comments
幼稚園児の息子は、毎朝、「ぜんまいざむらい」というNHKのテレビ番組を喜んで見ています。
江戸が明治に変わることなく続いた、ユニークな未来の「からくり大江戸」で、善を広めようと、奮闘するのが、「ぜんまいざむらい」。
だれかがけんかをしたり、腹を立てたりしているのを見つけると、「必笑だんご剣」を抜き、そこに刺さっている団子を相手に食べさせます。
すると、怒り狂っていた人が、みるみるニコニコ顔に変わって、めでたし、めでたし、というストーリー。
だから、唯一の武器は、〝必「勝」だんご剣〟ではなく、必ず笑わせる〝必「笑」だんご剣〟なのです。
仏教には、だれにでもできる布施として、和顔愛語が教えられています。
和やかな笑顔と、優しい言葉を施すこと。
皆が実践していけば、「からくり大江戸」だけでなく、現代社会も、どれだけ明るくなるかしれません。
自らも心がけるとともに、こんなマンガを通してでも、子供たちに、笑顔の大切さが伝わるといいなあ、と思っています。
(E)
海賊は善人か悪人か
2 月 11, 2009 on 9:53 pm | In 社会 | No Comments
アフリカのソマリア沖では、海賊の活動が活発化して、昨年は約100件の乗っ取りが発生しています。
昨年の11月には、1億ドルの石油を運搬中の巨大タンカーが乗っ取られました。
海賊は膨大な身代金を要求しますが、ソマリアでは英雄視する人も少なくありません。
金遣いの荒い海賊たちのおかげで、港には海賊相手のホテルやレストラン、エンターテイメント産業が新設されています。
海賊が略奪した大金が、港に好景気をもたらしているのです。
また、ソマリア沖では各国の大型漁船が違法な操業を行って、年間3億ドルを荒稼ぎしています。
ソマリアの小さな船では、それらの漁船に太刀打ちできず、網を破られたり、船を転覆させられたりという被害が続いています。
そんなソマリアの漁民にとって、海賊は仕返しをしてくれるように映ります。
多くのソマリア人から見れば、海賊は欧米中心の世界と戦う、若きレジスタンスなのです。
海賊は犯罪者か英雄か。見る人の都合で180度変わるのが、人間の価値判断ではないでしょうか。
(R)
「情けは人の為ならず」の意味を問う
2 月 8, 2009 on 9:23 pm | In 社会 | No Comments
受験シーズン到来です。
高校入試によく出される一つに、以下の問題があります。
問「情けは人の為ならず」の意味は、どちらか。
1、他人に情けをかけると、その人を甘やかすことになるのでよくない。
2、情けは人のためではなく、いずれは巡り巡って自分に返ってくる。だれにでも親切にしておいたほうがよい。
正解は、2です。
しかし、数年前の文化庁の調査では、この意味を1だと誤解している人が48.2%と、正しく理解している人の47.2%を上回ったそうです。
仏教の根幹は、因果の道理。
善因善果……善いことをすれば、善い結果に恵まれ、
悪因悪果……悪いことをすれば、悪い結果が引き起こる。
自因自果……自分のやったことが、自分に返ってくる。
という教えです。
この諺の本来の意味は、この道理に通じるのですね。
大学の入試でも、「この言葉の意味を英語で説明せよ」と出題されたり、新聞社の採用試験にも、意味の説明を求められた例もあります。
ちなみに、英語にも、
「A kindness is never lost」(親切は決して無駄にならない)
という言葉があるとか。
試験勉強を通してでも、因果の道理を知って、親切を心がけていけば、巡り巡って、幸せに恵まれること、請け合いです。
(E)
「原則」は「徹底」すること
2 月 7, 2009 on 9:33 am | In 社会 | No Comments
全国1万2000店強から、1店舗当たり平均60万円ほどを、日々、売り上げているのが、セブン—イレブンといいます。
続くローソンでは約8000店舗で、大体、平均50万円、その他のコンビニでは、40万〜50万のようです。
他社よりも、各店舗当たりで、日々、2割以上の歴然とした差が出るのは、どうしてか。
経営コンサルタントの小宮一慶氏は、その著、『ビジネスマンのための「読書力」養成講座』で、
「品揃え、鮮度管理、クリーンリネス、フレンドリーサービス、これが私どもの商売の基本四原則です」(鈴木敏文氏・セブン—イレブン会長)
にあると分析しています。
しかし、その四原則は、コンビニ業界の「大原則」であり、どの会社もよく分かっているはずです。
それでも、なぜ、結果に差が出るのか。
「『原則』の『徹底』の差なのです」(小宮氏)
幾らこうすればよいと分かっていても、それをどれだけ徹底し、実行するかが、日々、2割以上の売り上げの差となって表れているのだといいます。
分かっていてもできないのは、それだけ身体にかけて実行することが難しいということでしょう。
親鸞学徒として、よいと教えられることの実践が大切と思っています。
(W)
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