「病は気から」〜誕生日前後で変わる死亡率〜
12 月 25, 2008 on 3:27 pm | In 社会 | No Comments
「病は気から」といわれます。
精神的要因が大きくものをいうからでしょう。
外山滋比古氏は、その著、『思考の整理学』で、次のように述べています。
「あるアメリカの社会学者が、死亡の時期の研究をして、誕生日の前しばらくは死亡率がぐっと下がる。誕生日のあと、急上昇するという一般的現象を見つけた。
どうして、誕生日の前後で、老人の死ぬ率にきわ立った変化が見られるのか。興味をもって調べたその学者によると、誕生日を祝ってもらえるという期待がある。プレゼントがどっと来る。それを楽しみにしていると心の張りができる。
病気にかかっていても、病勢もしばらくは足ぶみ、あるいは逆に好転するかもしれない。それが、誕生日がすんでしまうと、目先、生きがいとするものがなくなってしまう。そのすきに乗じて病気が勢いをもり返す、という例が多いから、さきのような数字になってあらわれるのであろう」
誕生日での喜びでさえ、上記のような効果があり、心の持ち方で、病気はおろか死亡の時期にまで影響があるといいます。
未来が明るければ、向かいつつある現在もまた明るくなり、お先真っ暗であれば、今もまた苦しく暗いことになるといえます。
まして、弥陀に救われ、往生一定と、いつ死んでも極楽参り間違いないとハッキリする幸せは、この世のどんな幸せも及ばぬ、いかに桁違いの大安心、大満足でありましょうか。
歴代の善知識方が、ご長命なのも首肯せずにおれません。
(w)
死にたいから死んだわけではない 〜求められる「生命の尊厳」〜
12 月 20, 2008 on 12:03 pm | In 社会 | No Comments
人が自ら死のうとする時、その胸中には、果たして、どのような思いが去来するのか。
政治学を専門にしている東京大学大学院教授の姜尚中氏が、『アエラ』(12.1号)で次のように書いています。
「自殺対策に取り組むNPO法人ライフリンクが世界保健機関(WHO)の『世界自殺予防デー』に合わせて9月に開いたシンポジウムに、パネリストとして参加しました。そこで感じたのは、自殺しようとする人は何とか生きようと必死なんだ、ということです。死にたいから死んだわけではない。生きたい願望が、最期の最期までありながら、自殺を選ぶ。本当に悲劇だと思います」
生物にとって、本能的に最も恐ろしく苦しいのは、死以外にないといえます。どんな小さな虫でも、捕まえようとすれば必死になって逃げるからです。
しかし、そんな死でさえも、「死んだほうがまし」と頭をよぎるのは、現実の深刻な苦悩があるからでしょう。
苦しくとも、なぜ生きねばならないのか。
割れたコップ、修理のきかないパソコンなど、価値のない物が捨てられるのと同様、自ら生きることを放棄するのもまた、生きるに値しないと生命の尊厳が感じられないからに違いありません。
浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人が明らかにされた「生命の尊厳」「生きる意味」を、一人でも多くの方にお伝えするために活動しています。
(w)
仏教は自分の心を知る鏡
12 月 17, 2008 on 2:56 pm | In 社会 | No Comments
昨日、こんなニュースがありました。
京都のある研究所が、脳内の活動パターンを解析して、映像で再現する技術を開発したというのです。
自分の考えや思いが他人に分かってしまうなんて、怖いとは思いませんか。
以前「サトラレ」というマンガが人気となり、映画やドラマにもなりました。
考えていることが周りに伝わってしまう、「サトラレ」という特異体質の人が主人公です。
思いが周囲に筒抜けだなんて、考えただけで……。
ドラマを見ながら、「自分は大丈夫かな」と心配になりましたが、ふだんからわが心を省みるいいきっかけになりました。
仏教では心を重視します。
それは自分の心を知る鏡であり、仏教を聞く、とはその鏡に向き合うこと。
さて、お互いその装置に、思っていることを、洗いざらい映し出すことができるでしょうか。
(N)
>> 仏教講座
1枚の写真から喜びが広がる
12 月 16, 2008 on 1:16 pm | In 参詣者の声 | No Comments
先日、法友のKさん(女性)が、親鸞会の機関紙『顕正新聞』に写真が掲載され、とても喜んでいました。
「撮影してもらった時は、“恥ずかしいから載せないで”なんて言ってたのに、いざ載ると、うれしくっていろんな人に見せて回っちゃった」
隣に写った友達からも、「Kさんのそばにいるといいことあるわ」とうれしそう。
「でも、何よりうれしかったのは、私の息子が『よかったね、よかったね』と一緒に喜んでくれたこと。親鸞会館へのご法話にも快く送り出してくれたわ」
とKさん。
息子さんは、仕事の都合がつけば、2000畳の正本堂に聞きに行きたい、とも言われているとか。
1枚の写真によって、ご本人だけでなく、友人や息子さんも仏縁を深められた、うれしいお話でした。
(O)
>> 親鸞会館の紹介
アンパンマンの問いかけ
12 月 13, 2008 on 10:50 am | In 日記 | No Comments 
子供に人気の「アンパンマン」の原形が生まれて40年、テレビアニメ化されて20年となりました。
原作者「やなせたかし」さんによると、アンパンマンが自分の顔をちぎって食べさせることは、正義を貫く時には自分も痛みを伴うことを表現しているそうです。
やなせさんが子供たちに訴えたいことは、テーマソングの歌詞「なんのためにうまれて なにをして 生きるのか こたえられないなんて そんなのは いやだ!」に込めてあります。
『北日本新聞』平成20年11月18日の記事で、やなせさんはこのように言っています。
「現代の若者たちは大学を卒業しても、それが分からないでいる。子どものころから、自分は何のために生まれて、何をするのかを考えていれば、ある時点で、人生の方向をはっきりとつかむことができるんです」
これは子供だけでなく、大人にとっても大事なテーマでしょう。
(R)
>> 特集:人生の目的
あらゆるものは因縁所生のもの
12 月 12, 2008 on 1:40 pm | In 日記 | No Comments
今年3月末に、息子がお世話になった保育所が閉所になったと、以前、このブログに書きました。
その後、看板の文字が消され、内部はがらん堂ではありましたが、建物だけは残っていました。
ところが先日、しばらくぶりに通った時、建物の影も形もなくなり、ただの更地になってしまっていました。
“ああ、とうとう無くなってしまったんだなあ……”
そんな感慨にふけりながら、ある古歌を思い出しました。
「引きよせて
結べば柴の 庵にて
解くればもとの
野原なりけり」
庵というものは、野原の柴を集めて結べばできますが、縁がなくなってバラバラになれば、元の野原になります。
一時、庵というものがあるのであって、変わらぬ「庵」というものがあるのではありません。
建物でも、因縁でいろいろのものが集まって造られています。
柱、土台の石、壁、床板、などが集まって、形になっているものを「建物」と言っています。
因縁が離れてバラバラになれば、建物はどこにもありません。「建物」というものが、いつまでもあるように思いますが、やがて因縁がなくなれば、跡形もなくなるので、「建物」という固定不変の実体はなく、因縁のある間だけが「建物」です。
“あらゆるものは因縁所生のもの。因と縁とが結びついて、仮にでき上がっているもの”
更地になった光景が、仏教で教えられる奥深い哲理を、ふと思い起こさせてくれたのでした。
(E)
宝くじで3億円当てた男
12 月 10, 2008 on 2:01 pm | In 日記 | No Comments
7月から放映されていたドラマ「ロト6で3億2千万円当てた男」は実話に基づいていて、実際に38歳で年収320万円だった独身男性が、ロト6で3億2千万円を手に入れたそうです。
ロト6購入、3年目の当選でした。最初の買い物は380万円のロレックス。
1000万円以上の高額当選者のみに配られる「宝くじガイド」の「その日から読む本」には、次のように書かれています。
・後で後悔するような軽はずみな言動に注意する。
・当選直後は興奮状態にあるという自覚を。
・自分の性格やクセを見つめ直そう。
・ひとりでも多くの人に話せば、うわさは広まるのは覚悟しよう。
・興奮の後に訪れる不安は以前の自分に戻るための通過点。
前述の男性は、社会とのつながりを持つため、ボランティア感覚で会社勤めを続け、家も買わず車も買いませんでした。
大金持ちなのに全然モテず、人間不信が増し、1万円札で鶴を折ってはため息を吐く日々だといいます。
「大金を持って手に入れたものは?」と聞かれた答えは、「ロレックスくらいです」
「大金を持って手に入れられなかったものは?」には「愛や人の気持ちです」という返事でした。
有っても無くても、苦しみの色が変わるだけなのでしょう。
(R)
お金以上に時間を節約しましょう
12 月 9, 2008 on 1:05 pm | In 日記 | No Comments
不景気でお金の節約を考えている人は多いと思いますが、小飼弾氏は、お金より時間を節約しないと、本当のコスト削減にはならないと言います。
「気をつけなければならないのは、モノを安く買うために時間をたくさん使うと経費削減にならないということです。それに気づいていない人が実に多い。モノを買うときは、自分の時給を考えましょう。
例えば、自宅隣のコンビニで1000円のモノが、往復30分かかるところにあるスーパーでは500円で売っていたとしましょう。スーパーに行くのを半時間分の時給と考えたら、時給1000円以上の人にとってはコンビニで買う方が安くなります」(『弾言』19-20頁)
小飼弾氏は、時間は最も貴重な資源なので、毎月20万円欲しいのに、収入が15万の人は、あと5万稼ぐために仕事を増やすのではなく、15万の生活に切り詰めることを勧めます。
あと5万のために仕事をしたら、もっと大事なことを考える時間がなくなってしまい、結局、自分の貴重な時間を安売りしてしまうのです。
だから15万の生活で我慢して、残った時間を有効に使ったほうが賢いのだと主張しています。
確かに、お金の節約より大事なのは、貴重な時間を何に使うかでしょう。
(R)
手相の整形手術で運命が変わる?
12 月 4, 2008 on 1:15 pm | In 社会 | No Comments
お隣の韓国では、整形手術ブームです。
大学受験の合格祝いに、親が二重まぶたの整形手術をプレゼントしたり、お見合いの前に、母娘で(娘だけだと、バレてしまうから)美容整形をしたり。
その盛り上がりは、成人女性の半数以上が手術を経験しているほどです。
女性のみならず、男性にもその人気は広がっています。
鼻やあごの形をスマートにしたり、胸に硬いシリコンを入れて、〝筋肉質〟に見せるのだそうです。
「美しい」「かっこいい」と言われたい気持ちは分からないではありませんが、最近では、〝手相〟の整形まであると聞いて、驚きました。
基本料金は、約8万円。
財産線や生命線などといわれる手の線を一本変えるごとに、さらに2万円かかるといいます。
つるっつるっでは、閉じたり開いたりできないので野球のグローブにもあるのが〝しわ〟ですが、
そんな手の〝しわ〟で、果たして、運命が左右されるものでしょうか。
まして、その〝しわ〟を整形手術で変えて幸福になれるでしょうか。
幸・不幸の原因を正しく知ることが、非常に大切なのだと知らされます。
(E)
本当の意味で「助かった」とは
12 月 1, 2008 on 9:59 am | In 日記 | No Comments 平成17年4月に兵庫県でおきた、乗客106人が死亡したJR福知山線脱線事故で負傷した25歳の男性が、事故から3年半たって、自殺していたことが10月2日に分かりました。
日記には「死にたい」などと書かれていたそうです。
平成7年の阪神大震災では、瓦礫の山となった街に、多くの救助隊やボランティアが、必死の救援活動に挺身しました。
壊れた家の軒下から、九死に一生助け出されたときは、「良かった良かった」と泣いて喜び祝福されたのに、「あのとき、死んでいればよかった」と、プレハブ生活の67歳の男性が、みずから命を絶っています。
同じ道を選んだ人は、一人や二人ではありません。
「なぜ、ここにいるのだろう」「こんな生活、つづけないといけないのかな」と、よく漏らしていたそうです。
不幸や悲しみの壁にぶつかったとき、強烈に「なぜ生きる」と、問わずにはいられなくなります。
どんなに苦しくても生きるのはなぜか、「生きる目的」を知らせてこそ、本当の意味で「助けた」と言えるのではないでしょうか。
(R)
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