遺伝子ドーピング始まるか
9 月 30, 2008 on 1:19 pm | In 社会 | No Comments
ハンマー投げの室伏選手は、2004年アテネ五輪の時、繰り上がりで金メダルになりましたが、2008年の北京では5位に終わりました。
ところが、今回も銀メダルのワディム・デフヤトフスキーと銅メダルのイワン・ティホンがドーピングで失格になっています。
北京五輪は、過去最高となる4500回の薬物検査を行いましたが、取り締まりはいたちごっこで、違反は後を絶ちません。
選手の遺伝子を組み換えて運動能力を上げる「遺伝子ドーピング」も、架空の話ではなくなりました。
ドイツのテレビ局のドキュメンタリー番組では、匿名の医師が2万4千ドルで遺伝子ドーピングができると語っています。
しかし、登場したばかりで高度な技術である遺伝子ドーピングには危険も大きく、白血病などで遺伝子治療を受けた患者では死者も出ています。
金メダルのためなら死を覚悟する選手が現れないよう、検査体制の確立が求められています。
名誉を求める心がいかに強いか、オリンピックは私たちの心を世界に見せてくれているのかもしれません。
(R)
私利私欲でなく使命感を持つ
9 月 9, 2008 on 1:08 pm | In 社会 | No Comments
「ASICS(アシックス)」といえば、運動靴や運動着では世界的に知られたメーカーです。
イチロー選手や、シドニー五輪の金メダリスト高橋尚子選手の特注シューズを作り、陸上、サッカー、バスケットなど、さまざまな競技のシューズやウエアを製造しています。
アシックス創業者の鬼塚喜八郎氏の原点は、「戦後、焼け野原で見た少年少女の輝きを失った目」だったと言います。
創業は1949年。
ヤミ商売や非行に走る子供たちに、「夢を与えたい!!」と決意し、スポーツで更生させようと、運動靴の製作を始めます。
この情熱が、無名の「鬼塚商会」を、世界的な総合スポーツメーカー「アシックス」へ発展させたのです。
77年に「アシックス」を発足。
この社名は、ラテン語の“Anima Sana in Corpore Sano”(健全な精神は健全な肉体に宿る)からとったものです。
創業の原点を、改めて社名にしたものでしょう。
「なぜ町工場の靴屋が世界ブランドになったのか?」と聞かれた鬼塚氏は、こう答えています。
「それには起業した動機が大変重要である。私利私欲ではなく、使命感を持ってやり抜くことが大切で、強い意思と社会貢献の精神がないと事業は成功しない」
氏はまた「人のため社会のために働き、ともに泣いて喜ぶ。本当の喜びは苦しさの後に訪れる」とも語っています。
「自分さえよければ」という私利私欲ではなく、子供たちのため、社会のために働き、ともに泣いて喜んだ結果、町の靴屋が世界ブランドに花開いたのでしょう。
(R)
ベッカムにも苦難の時期があった
9 月 6, 2008 on 12:10 pm | In 社会 | No Comments
北京オリンピック閉会式に、イギリスのサッカー界のスター、デービッド・ベッカム選手が登場しました。
自身のブログで、「オリンピックの開催地をバトンタッチする式典に立ち会えるなんてとても名誉なことだ」と語ったそうです。
サッカー界の「貴公子」と呼ばれ、日本では「ベッカム様」の愛称を持つベッカム選手にも、苦難の日々がありました。
98年のイングランド対アルゼンチン戦が、その始まりでした。
試合中、ベッカムはアルゼンチンの選手に、背後から突き倒されます。
倒れたベッカムは、さらに髪を引っ張られ、反射的に相手を蹴り倒しました。
立ち上がったベッカムにはレッドカードが突きつけられ、退場。
結局、イングランドはPK戦で破れたのです。
イギリスのサッカー熱は大変なもので、重要な大会になると国中が麻痺するほどです。
そこまで熱心な応援は、選手にはありがたい反面、一つ間違えば事情は一変します。
ベッカムを待っていたつらい日々を、手記でこう語っています。
「退場になった僕は、イングランドの敗戦を招いた戦犯としてメディアに攻撃された。批判は覚悟していたが、その激しさは度を越えていた。人々は僕の写真をダーツの的にしたり、僕の人形を作って縛り首にしたりした。
メディアの攻撃はショックだったし、傷つきもした。だが何より、悲しかった。確かにイングランドはサッカーの試合に負けた。とても大事な試合に。だが、ここまで憎しみをぶつけられるいわれがあるだろうか。1人に嫌われるだけでもつらいのに、国中にののしられたら生きた心地がしなくなる」
(日本版『NEWSWEEK』[2008.7.2]79頁『あのレッドカードが僕を強くした』)
昨日までの英雄が、一夜にして国中から憎まれることもあります。
ヒーローにはヒーローの苦悩があるのでしょう。
(R)
胎児の時の記憶 〜素晴らしき生〜
9 月 2, 2008 on 1:05 pm | In 日記 | No Comments
あるテレビ番組で、幼児期の子供は、胎児の時の記憶を持っていると報道していました。
うちの息子もちょうど4歳。
夜、添い寝をしながら、「お母さんのおなかの中にいた時のこと、覚えてる?」と尋ねてみました。
すると、「うん。こうなってたよ」と言って、手足を縮め、まあるくなったのです。
それはまさしく、おなかの中の胎児のポーズでした。
「そう。ほかには何か、覚えてる?」。
さらに聞くと、
「こわくなかったよ。○○(息子の名)、○○って、呼んでた」。
胎教が大事と聞いて、確かに私は、暇があれば、名前を呼んで、語りかけていました。
それをしっかり覚えているとは、ビックリ!。
胎児といえども、れっきとした一個の人間なのですね。
そんな会話をしているうちに、いつの間にか息子はスヤスヤ。
わが子の寝顔を見ながら、「仏法を聞いて、本当の幸せになってね」と、しばし念じました。
世界では、年に7000万件の妊娠中絶が行われていると推算されているそうです。
日本では、30万件前後。
れっきとした人間である胎児を、闇から闇へと葬り去ることは、とても恐ろしい罪悪なのだと知らされました。
胎児の時から大切にはぐくまれ、生まれ難い人間に生を受けたすべての赤ちゃんが、幸福な道を歩んでほしいと願わずにおれません。
(E)
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