「みんな元気?」
4 月 30, 2008 on 9:30 am | In 参詣者の声 | No Comments
某健康食品会社から無料で送られてくる雑誌のタイトルが、しばらく前までは、「みんなげんき」だったが、最近、「みんなげんき?」に変わった。
理由は知らない。
体は食べ物で作られるから、元気な体作りには、もちろん健康な食生活が欠かせない。ところで、心の元気はどうだろうか。
四国にお住まいのKさん(85)が、親鸞会とご縁を結んだのは2年前。先日、お話を伺う機会があった。
「月参りに来る人に『正信偈』の意味を尋ねても『南無阿弥陀仏と言うておれば間違いないんじゃ』と言われるだけで、なんにも分からなかった。むなしい心を、温泉やデパート巡りでごまかしてきたのは、もったいなかったねえ。もっと早く遇いたかった」
お年寄りの中には毎日、病院の待合室で仲間と過ごすのを楽しみに通う人も多く、年寄りのサロンと化しているところもあるとか。
その中、親鸞聖人の教えと出遇い、生きる目的を知られたKさんは、「温泉やデパート巡りも、寂しさを紛らわす手段にすぎなかった」と語る。
それからは、イキイキと元気な毎日を送り、久しぶりに訪れた病院でも、「私、いいお話聞いているよ」と、知り合いに『正信偈』の意味を話すこと40分! 注射の番に呼ばれても気づかぬほど、相手の方も聞き入ったという。その友達も親鸞会とご縁を結び、今はともに聞法に励んでいる。
「最近は、あまり病院に行かなくなったね」
「二千畳へ行くと、若い人もいっぱいで、元気をもらえるわ」
顔を見合わせ、朗らかに笑う、心も元気なお二人であった。
(M)
(関連) 仏法こそ人生の宝
心に張りのある、永遠の若者
4 月 28, 2008 on 1:14 pm | In 聞法ドメイン | No Comments
同朋の里に立ち寄ったら、二人のご年配の女性が、一生懸命、掃除をしておられました。
見ると、もう50年以上前から親鸞学徒の大先輩、OさんとHさんです。
「少しでも、仏縁を求めたくてね」
全体で、掃除をしようと決まっている日でもないのに、尊いことです。
「お幾つになられましたか?」
と尋ねると、
「私は、84」
「私は、88になったがです」
「えーっ、もうそんなになられるんですか!」
80も半ば、まして、90近くになれば、体が思うようにならず、身の周りのこともおろそかになる人もあるでしょう、寝たきりになってもおかしくないお年なのに、率先して、同朋の里の掃除とは、本当に頭が下がります。
いつも元気ハツラツのお二人に、もうビックリ!でした。
仏法に生かされて、心にピンと張りのある親鸞会の会員さんは、幾つになっても永遠の若者ですね。
(E)
(写真は親鸞会館のチューリップ)
女子中学生が警官に暴行
4 月 25, 2008 on 1:15 pm | In 社会 | No Comments
埼玉県で、自転車の2人乗りを注意した警察官に、中学3年生の女子3人が殴る蹴るの暴行を加え、現行犯逮捕されました。
逆ギレの若者は、珍しくありませんが、さすがにこれは……。
思うようにならないと腹が立つもの。
この世は思いどおりにならないことばかりですから、いつもカリカリして、不満だらけの人が多いのではないでしょうか。
いつもムシャクシャしているから、いつ爆発するか分かりません。
昔は、恨んだり憎んだりして殺人に発展しましたが、最近は「殺す経験がしたかった」「誰でもよかった」と言うから怖い。
縁さえ来たらいつ爆発するか分からない、どんな人の心にもある怒りの恐ろしさを、毎日のニュースが見せてくれているように思います。
(R)
死は、前よりしも来らず
4 月 24, 2008 on 1:34 pm | In 社会 | No Comments
先週末、家族と車で遠出をした時、数日前に起きた事故の話題になりました。
今月11日、東名高速で走行中のトラックのタイヤが外れ、反対車線を走っていた観光バスに突っ込
んで運転手が死亡した、というものです。
猛スピードで走っている自動車。反対車線から、まさかタイヤが飛び込んでくるなんて。
亡くなったバスの運転手さんは、その日が誕生日だったそうです。
『徒然草』155段にこのような一節があります。
「死は、前よりしも来らず、かねて後に迫れり。人皆死あることを知りて、待つことしかも急ならざ
るに、覚えずして来る」
(死は、前からだけ来るのではない。すでに後に迫っている。人は皆、いずれ死ぬと知ってはいるが
、それほど急だとは思わない。しかし、死は突如やってくるのだ)
人の運命の不可解さ、突然やってくる人生の終わり。
「怖いね」と話し合ったあと、固くハンドルを握り締めたのでした。
(N)
銀メダルより銅メダル?
4 月 23, 2008 on 1:48 pm | In 社会 | No Comments
北京オリンピックが近づいてきました。
選手にとって金メダルが最高なのはいうまでもありませんが、「金」の次は「銀」ではなく、「銅」のようです。
オリンピックの銅メダリストは、銀メダリストより満足度が高いといわれます。
銅メダルの人は、メダルを逃した大多数の選手と比較して、入賞できたことを素直に喜べますが、銀の場合は、もう少しで金が取れたのにという悔しさが強く、手放しで喜べないのでしょう。
私たちは自分を誰かと比較して、自分のほうがお金があるとか、立派な家に住んでいるとか、いい車に乗っていると思えば幸せですが、劣っていると感じたら不幸になります。せっかくの銀メダルも、金メダルと比べたら、喜べません。
誰かと比較して喜べる、そのような幸福を求めていては、どんなに恵まれた人でも、上には上がいますから、不満は無くならないでしょう。
他人と比べずとも、一人いて喜べる無碍の一道こそが、すべての人の求めている、究極の目的ではないでしょうか。
同行の前にては喜ぶものなり、これ名聞なり。
信の上は一人居て喜ぶ法なり。(蓮如上人)
(R)
みんなイキイキ草むしり
4 月 22, 2008 on 1:14 pm | In 聞法ドメイン | No Comments
浄土真宗親鸞会・同朋の里では毎月2回、大掃除のご縁があり、全国各地からたくさんの親鸞会会員が集まります。
先日は、87歳になる男性も滋賀県から参加、切り倒した木をイキイキと運んでおられました!(^_^)
ドメインに来られたのは2回目だそうですが、
「ここは不思議な集まりだ、清らかな集まりだね。老若男女、みんな、〝聖地をきれいにしよう〟という心だけで、集まっている。そこに、どうして自分が来させてもらえたのか、有り難いご縁だ」と、しみじみと語られました。
そのあと、同朋の里の各部屋で、親鸞聖人のお言葉に親しむ学生たちの姿を見て、「若い人が、一生懸命、仏教を学んでいる。こんな光景は見たことがない。未来は明るいですね」
と目を丸くしておられましたよ。
……そういえば、こんなこともありました。
仕事で同朋の里へ来た業者の人が、草むしりに汗を流す学徒を見て、「なぜ若者が、あんなに喜々として働いているのか?今どきの若いもんは、何かやれと言ってもイヤイヤやっとるのに。しかも一人や二人でなく、皆がイキイキしとる。何がそうさせているのか、ワケが知りたい」
と親鸞会館に参詣され、
「今度は家内も連れてくるよ」とニッコリ。
ドメインで汗を流すって、いいですね。自利利他だなあ、と知らされます。
(T)
生きる目的は……これ1つ
4 月 18, 2008 on 1:11 pm | In 参詣者の声 | No Comments
大手自動車販売会社の役員を経て、今も企業の相談役などを務め、全国を飛び回る85歳のNさんに、仏縁のきっかけをお聞きした。
80歳を過ぎたころから仏教を学びたくなり、京都の仏教大学院に通おうと入学願書を取り寄せていた時、親鸞会とご縁があり、正本堂に参詣。初めて高森先生のご説法を聞き、
「なんちゅう分かりやすい。吸い込まれるように聞かせていただいた。親鸞聖人の教えに、ほれてしまった」。
それから京都行きをやめて、二千畳に通うようになったという。
「念仏さえ称えておったら死ねばだれでも極楽へ往けると思っていたが、違うんですね。体失往生の前に、不体失往生、この世で弥陀に救われたということがあるとは……」
と「平生業成」の弥陀の救いを知らされたNさんは、手帳の中にこう記している。
「進むべき方角が定まって、こんなにうれしいことはない。生きる目的は、往生一定の身になる、これ1つ」
「生きる目的は、これ1つ」と、自分自身に断言できる。そんな答えを持っている。考えてみれば、なんと幸せなことだろうか。
先日も「自分はただ、流されて生きているように感じる」という女性の訴えを聞いたが、一人彼女だけではないだろう。
Nさんの1行書きが、すがすがしい。
(M)
「ああ」と歓喜の叫びを上げる、人生の目的
4 月 17, 2008 on 1:18 pm | In 社会 | No Comments
この春から、複数の新聞社が、活字を少し大きくしました。
それに伴って、朝日新聞のコラム「天声人語」は、平べったい形から、今までより少し縦長にした形に変えています。
その初日となった3月31日のコラムは、
「あ」とか「お」とか、小さな声を発して読み始めた方もおられよう。
で始まっています。
「紙面一新」に、驚きの声を上げる読者を想定してのことでしょう。
後半には、
年金不信、日銀総裁、道路財源。(中略)
頼れぬ国政を前に、漏れるのは「ああ」のため息ばかり。
たまには「おお」とうなりたい。
とありました。
ここでの「ああ」は、どちらかというと、「あーあ……」という長音の入る、意気消沈の音ですが、私たちは驚いた時にも、「ああ」と言います。
例えば、唐辛子をそれと気づかずに口にほうり込んでしまった時、「ああっ」と叫ぶ。「からい」と言うのは、そのあとです。
浄土真宗の祖師・親鸞聖人も、主著『教行信証』で、「噫(ああ)」とおっしゃっています。
「噫、弘誓の強縁は多生にも値いがたく、真実の浄信は億劫にも獲がたし」
〝ああ……何たる不思議か、親鸞は今、多生億劫の永い間、求め続けてきた歓喜の生命を得ることができた〟
親鸞聖人は、「値」の字を、後にも先にもないことに値(あ)えた時に限定して、使われています。
生涯にない人がほとんど、ある人でも一度きりの「値う」であり、永い永い魂の歴史の中で、ただ一度の「値う」なのです。
「噫」も同じ。気の遠くなるような長い時間、求め、求め、求め続けてきた弥陀の救いに値えた聖人の、驚きと慶喜の絶叫です。
「天声人語」子が、「おお」とうなるような国政を、と期待する以上に、親鸞聖人とひとしく、「ああ」と歓喜の叫びを上げる、人生の目的の達成こそ、急ぎたいと思います。
(E)
メタボ 大丈夫?
4 月 16, 2008 on 1:15 pm | In 社会 | No Comments
メタボリック・シンドローム。
最近、よく耳にする言葉です。
平成20年4月から40歳以上の被保険者・被扶養者に対し、メタボリックシンドロームに着目した生活習慣病予防のための健診・保健指導が実施されることに。
そもそも、メタボリック・シンドロームとは?
肥満症や高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病は、
それぞれが独立した別の病気ではなく、
肥満、特に内臓に脂肪が蓄積した肥満
(内臓脂肪型肥満といいます)が
原因であることがわかってきました。このように、内臓脂肪型肥満によって、
さまざまな病気が引き起こされやすくなった状態を
『メタボリックシンドローム』といい、
治療の対象として考えられるようになってきました。
(http://metabolic.jp/metabolic.htm)
メタボ健診で検査するのは、血糖値、コレステロール値、腹囲、血圧の4項目。
特徴的なのは、腹囲測定で、男性は85センチ以上、女性は90センチ以上で内臓脂肪型肥満とされるとか。
将来的に医療費を抑えるのが目的のようですが、専門家は、
「メタボと診断される人は相当多いはず。
まずその治療に、膨大な医療費がかかってしまう」と、懸念を示しているようです。
とにもかくにも、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、動脈硬化などにならぬよう、体調を管理していくことは、確かに大事ですね。
願わくば、医療にかかる前に、食生活から改善を!
日ごろから、体に安心で安全なものをバランスよく摂取していきたいものです。
〝医食同源〟という言葉もありますからね。
真剣に仏法を聞かせていただくためにも、健康は大切。
それにしても、親鸞会の皆さんは、お元気な方が多いです。皆さん、仏法が大事だから、体を大事にされているのですね。
(T)
この世は皆、しばらくの縁
4 月 15, 2008 on 1:02 pm | In 日記 | No Comments
春は、別れと出会いの季節です。
少子化の影響か、息子が2年間、お世話になった保育所が、今年の3月末で閉所となりました。
最後の日の朝、息子を預けた時は、ここがもうなくなってしまうなんて……と信じられない気持ちでしたが、夕方、迎えに行った時、滑り台やブランコが解体され、オモチャや絵本も片付けられて、ガランとした部屋を見て、ああ、本当に終わりなんだと認めざるをえませんでした。
現れた保育士さんを見て、「もう、会う機会もないかもしれない」と思ったら、胸の奥から熱いものが込み上げてきました。
「本当にお世話になりました」感謝の気持ちを込めて手紙を書き、仏教の本と小冊子を贈りました。
「また、きっとお会いしましょうね」
会者定離って、ホントですね。
会った人とは、必ず別れなければならないという、当たり前の真理を改めてかみしめました。
「この世は皆、しばらくの縁である。
しばらくの間、夫であり妻であり、子供であり親なのである。
そうと知れば、一瞬一瞬のご縁を大切にせずにおれなくなる」
考えてみれば、保育士のみならず、親子、夫婦、友、みんな、“しばらくの縁”です。
4月、息子が入園する幼稚園では、新たな出会いがたくさん、待っていることでしょう。
先生、息子の友達、ママ友たちとも、“しばらくの縁”を大切に、接していきたいと思います。
(E)
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