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	<title>菩提樹　〜親鸞会ブログ〜 &#187; 参詣者の声</title>
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	<description>旬な話題をお届けする気ままなブログです</description>
	<pubDate>Fri, 09 Jul 2010 08:06:24 +0000</pubDate>
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		<title>教科書の中の存在だった老いと病と死</title>
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		<pubDate>Mon, 14 Dec 2009 04:28:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hitone</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
　医学部の５年生になり、毎日病院で実習しています。
　医師から「手術は成功です」「病気は治りましたよ」と言われ喜ぶ人も多く見ましたが、「あと半年の命です」と宣告される人、「ご臨終です」と告げられる家族を目の当たりにしました。
　今までほとんど教科書の中の存在だった老いと病と死が、急に形になって目の前に現れたように思いました。
　無常と何度も聞かせていただき、しかも現実の死を前にしておりながら、なお我が事として受け止められない自分を知らされます。
　最後は必ず消える命、それをなぜ生かすのか。なぜ私は生きるのか。生きねばならぬのか。その答えを知らされ医療に従事できる私は、本当に幸せ者です。
　
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		<title>警備の仕事をきっかけに</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Dec 2009 02:22:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rocky</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
このたび、親鸞学徒になった警備会社のMさんは、
１年前から親鸞会館ご法話の時、警備の仕事をしています。
「なぜ青年がこんなに多いのか」
と疑問に思いながらも、廊下で聞いているうち、
因果の道理に基づく理路整然とした話に引かれたそうです。
今年６月のご法話には、初めて二千畳の大講堂で聞かせて
いただくことができ、
「直接、聞かせていただくと、全然違いますね」
と喜んでいました。
その後も聞法を重ね、「これが正しい浄土真宗の教えなのか」と感動し、
御名号本尊をご下附していただくことになりました。
 警備の仕事をきっかけに、光に向かわれる姿に、
強い阿弥陀仏のご念力を感ぜずにおれませんでした。
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		<title>機内での出会い「私たちの人生には意味がある！」</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Nov 2009 00:44:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hitone</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
　今年８月、成田からロサンゼルスに向かう機内で、英語が堪能な中国人のNさんと隣り合わせになりました。
　ふとした会話から「英語で仏教の通訳ができるように勉強中です」と自己紹介すると、「どんな教えですか」と尋ねてくるのです。
　これはチャンスと思い、「The Buddhist Press」（仏教通信）を渡し、相対の幸福と絶対の幸福の違いを伝え「どうすれば幸せになれるのか」というテーマで話しました。
「私たちの人生には意味がある」ということを懇々と伝えると、Nさんは次第に真剣な顔になり、気がつくと６時間たっていました。
　別れ際、「すごいですね。続きが聞きたい」と言うので、メールアドレスを交換しました。
　８月末、「I want to see you again !（ぜひ再会したい）」とNさんからメールが届いたのです。
　９月６日の高森顕徹先生のご法話を案内すると、「Of course !（私も行きます）」との返信にビックリ。
　親鸞会館で再会し、ともに『正信偈』のご説法を聞いたNさんは、「仏教がこんな教えとは知らなかった。大事な人生の目的を知ることができてよかった」と報恩講にも参詣することになったのです。
　機内での出会いがご縁となり、いつでもどこでも仏法は伝えられる！と改めて知らされました。
　
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		<title>高森光晴布教局長ブラジルで講演</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Oct 2009 02:05:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rocky</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
 
高森光晴布教局長は９月22日からブラジルに赴き、約２週間、各地を講演されました。
27日、サンパウロ会館で親鸞学徒追悼法要が勤修され、６００名の参詣者に講堂は立錐の余地もなかったそうです。
現地の様子を報告します。
布教局長をお招きするにあたり、塗装し直し純白によみがえったサンパウロ会館に、「様々な宗教の建物があるが、こんなきれいな会館は見たことがない」と、訪れた人は一様に驚いています。
親鸞学徒追悼法要には、約６００名が参詣、５００キロ離れたロンドリーナやクリチーバから、夜行バスで駆けつけた人もありました。
ブラジルで法事といえば、亡くなられた方のためと思われています。布教局長は、真の追悼法要は、生きている私たちのためにあることを親の大恩十種から明らかにされました。
亡くなられた方をご縁に、わが身の無常を見つめ、真剣に聞法する。生きている今、阿弥陀仏に救い摂られたら、人間に生まれてよかったという大歓喜が起き、その時、阿弥陀如来と善知識のご恩、そして生んでくれた親の大恩を初めて知らされる。その身になってこそ真の追悼法要であるとのお話に、「仏教がそんな尊い教えとは知らなかった。続けて聞きたい」と初めての人も喜んでいました。
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		<title>アメリカでストリート説法！</title>
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		<pubDate>Mon, 19 Oct 2009 06:51:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>paper2000</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
　ロサンゼルスに来て３カ月。大学やリトル東京で1500人余りに声をかけ、120人以上に話をしました。
　でも、車社会のアメリカでは、自家用車がないと、自由にどこへも行けません。
　続けて仏教を話しするにはどうすれば？と悩んだ末、「動けないなら、ここでやろう！」と、浄土真宗親鸞会ロサンゼルス会館前にホワイトボードを出し、道行く人に話をすることにしたのです。
「“Now, I&#8217;m going to talk about THE PURPOSE OF LIFE.”（今から人生の目的について話します）
“Why are we born, and why do we live? Why is it wrong to take one&#8217;s own life, even amid great pain? What is the ultimate purpose of life?”
（人はなんのために生まれ、生きているのだろうか。なぜ苦しくても自殺してはならぬのか。人生の目的は何か）」
高森顕徹先生監修『なぜ生きる』英語版のお言葉をそのまま覚えて伝えると、関心を示す人が次々現れ、
「仏教を聞いてみたいと思っていた」
「キリスト教と違って深いですね」
「続けて来てもいいですか」
と、ロサンゼルス会館に参詣する人も現れました。

　布教はどこかへ出掛けてするものというイメージがありましたが、目の前に、聞きたい人がたくさんいるのだと分かりました！
　
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		<title>生きる目的を知り、涙が止まらなかった</title>
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		<pubDate>Wed, 02 Sep 2009 04:13:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shinken</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
　開港１５０周年に沸く、横浜。そこで仏縁を結ばれて４年、家庭法話を開くＳさんのお宅を訪ねました。
　お名前から、在日韓国人であることが分かります。２世だそうです。
　お父さんは、太平洋戦争時の徴用で、日本へ連れてこられ、北海道の炭鉱で働かされました。
　当時は、重労働のため、命を落とす人もたくさんあったといわれます。
　その後、職を転々とした末、遊技場を経営されることになりました。
　そんなお父さんを助けるため、Ｓさんも高校卒業後、極寒の北海道で４０年、同じ仕事をして苦労を重ねてこられたのでした。
　還暦を迎え、今は横浜のおしゃれな邸宅で、奥さんと４人の子供さんに囲まれて暮らすＳさん、
「差別は確かにあった。なんでオレは在日に生まれたんだと恨んだ。しかし、自分の力で生きていくしかないじゃないか。そのためには金を儲けるしかなかった……」。
　そんなＳさんは、横浜へ来てから、『なぜ生きる』が紹介されたチラシを見て、「この本を持ってきてくれ」とすぐ電話。講演会にまだ、１度も参詣していないのに、『なぜ生きる』を読まれ、涙が止まらなかったそうです。
　生きる目的を教えてくださる方がある、と分かっただけで、泣けてしかたなかったのです。
「姜尚中（カンサンジュン）のような才能ある人はいいが、何の取りえもない私は、金のために生きてきたんだ」とＳさん。
　姜尚中さんは、『悩む力』が大ヒットしている、在日韓国人の東京大学大学院教授です。
　でも、その『悩む力』に、姜教授は、こう書いています。
「単純に『死んではいけない』とは、私には言えません。でも、『人とのつながり方を考えてほしい』とは言いたいのです。つながるためにはどうしたらいいか考えて、その意味を確信できたとき、たぶん、『生』も『死』も両方、同時に重みを取り戻すのではないかと思うのです。そう信じたいのです。
　私も長く悩みました。器用ではないので、ずいぶん時間がかかったと思います。子供のときに『自分は社会の中で誰にも承認されていない』という不条理に気づいて以来、遅々とした歩みの中で、少しずつ、人との間に相互承認の関係を作ってきたような気がします」
　こんな頭脳明晰な方でも、他人を認め、自分も認めてもらうことが生きる意味だと書いています。
　親鸞会館には月３回参詣、多くの法友を招いて家庭法話を開くＳさんは、人生の目的に向かってバク進されています。
　親鸞学徒に生まれ変わったＳさんのほうが、ずっとずっと幸せであり、仏縁深い方と合掌せずにいられません。
（I）
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		<title>人生の物差しは、親鸞聖人のみ教え</title>
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		<pubDate>Wed, 29 Jul 2009 05:01:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hitone</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[　韓国の親鸞会会員からの投稿です。

　去年の12月、母と一緒に親鸞会会員となり、すでに会員になっていた祖母と親子３代で聞法しています。
　家の宗旨が仏教だったので、小さいころから祖母と両親に連れられて寺に行くのが好きでした。
　大学生になってからは、自分自身の人生の物差しが必要と思い、仏教に関心を持ち、仏教徒になろうと決めたのです。
　しかし韓国では、仏教を体系的に教えてもらえる機会がほとんどありません。
　仏教徒といいながら教えを知らない自分が恥ずかしく、常々教えを知りたいと思っていました。
　そんな中、「仏教の勉強会があるから一緒に行ってみないか」という祖母の誘いで、初めて親鸞会とご縁を結びました。
　勉強会に参加すればするほど、祖母が以前より明るくて穏やかになった理由を実感しました。
　母も誘って一緒に聴聞するようになり、昨年11月、親子３人で親鸞会結成50周年記念大会に参詣。
　高森顕徹先生のご説法を聴聞し、自分の過去を振り返ってみました。
　これまでのすべてのことが、親鸞聖人の教えられた道を進むよう、阿弥陀仏が引っ張ってくださっていたことが強く知らされ、迷わず親鸞学徒になりました。
　これからも親子３人、人生の目的に向かって進ませていただきます。
　
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		</item>
		<item>
		<title>「仏法説かれる先生を大事にしいよ」〜父の言葉、忘れない〜</title>
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		<pubDate>Tue, 30 Jun 2009 05:23:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hitone</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
「『正信偈』で意味の分からないところがあるから教えてほしい」
　利香さんが、父・藤雄さんから、こう言われたのは２年前だった。
　大病を患い、広島から奈良へ移って利香さんと暮らすようになった時のこと。
「強信な真宗門徒の家で育った父は、仏壇から『正信偈』１冊だけを携えて来たんです」
　父の力になりたいと思ったが、だれに聞けばいいか分からない。
　新興宗教を信仰していた利香さんは、そこで知り合った清水さんに相談すると、「兵庫の弟の家に浄土真宗の講師が来ている」と紹介された。
　依頼を受けた兵庫県担当の親鸞会講師が奈良へ赴き、利香さん親子に親鸞聖人のみ教えを伝えるようになる。
「新興宗教を30年以上続けましたが、何のために生まれてきたのか、死ねばどうなるのかという、私がいちばん知りたいことは聞けなかったんです。それが、幼いころ親しんでいた『正信偈』に説かれているとは思いもよりませんでした」
　まじめに生きているのに苦労続きの人を見ては、なぜこうも理不尽なのかと感じていた。
　しかし「三世因果の道理を聞き、それまでモヤモヤしていたものが一気に解けていきました」。
　藤雄さんに続き、利香さんも昨年、親鸞会会員となる。
「仏法説かれる先生を大事にしいよ」と繰り返した藤雄さんは、今年４月20日に逝去した。
「私を親鸞聖人の本当の教えに遇わせるために父は奈良に来てくれたのだと思います。父の言葉、忘れません」と利香さんは語っている。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『お経は死人のごちそう』に納得できず……</title>
		<link>http://www.shinrankai.or.jp/blog/main/?p=504</link>
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		<pubDate>Sat, 27 Jun 2009 05:39:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hitone</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
　岐阜県を担当する親鸞会講師からの投稿です。
　今年、仏縁を結ばれ、お仏壇に正御本尊をお迎えしたご夫婦が、こう語っておられました。
「ああ、もっと早くお会いしたかった。
　長く新興宗教に迷っていました。浄土真宗の家に生まれながら、親鸞聖人の教えは一つも聞かされてこなかったのです。
　それに住職や親たちが、『お経は、死人のごちそうだから』というのに納得できませんでした。
　生きている自分が聞いても難しいのに死んだ人が分かるのかと疑問でした。
　ところが高森顕徹先生の『こんなことが知りたい』を読ませていただいたら、ハッキリ答えがありました。
　しかも先生の文章は、『こう思われます』『○○でしょう』などと曖昧な表現はなく、『○○です』とハッキリ断言されています。
　今までいろいろな宗教に迷い、多くの本を読んできましたが、こんな断言は初めてです。本当にビックリしました」
　この岐阜に、まだまだ仏縁深い方がおられます。
　祖師、親鸞聖人のご恩をしのび、ともに親鸞会館のご法話に参詣したいと思います。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>身も心も毎日、歓喜無量</title>
		<link>http://www.shinrankai.or.jp/blog/main/?p=495</link>
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		<pubDate>Thu, 18 Jun 2009 04:41:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hitone</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[参詣者の声]]></category>

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		<description><![CDATA[
　親鸞聖人のみ教えに遇えたことを喜ぶ、台湾の親鸞会会員の声を紹介しましょう。
　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
　親鸞会館の二千畳は、六道の出口であり、極楽への入り口です。
　私一人がための正本堂でありました。
　無上仏は種々に善巧方便し、私を、高森顕徹先生の御元に引き寄せられるため、どれほどご苦労の涙を流されたか分かりません。
　そのおかげで私は、ご教導どおりに、ひたすら光に向かって進ませていただくことができました。
　親鸞聖人、高森先生に、深く感謝申し上げます。まことにありがとうございました。
　先生にお会いするまでは、いろいろ大変な苦難もありましたが、その苦しみから、ブツブツ文句を言いながら生きてきました。
　１０８の煩悩にまみれ、罪悪深重を、深重とも知らない愚者でした。
　こんな愚か者が、無上仏のご念力によって、親鸞聖人の真実のみ教えにお遇いできて、身も心も毎日、歓喜無量です。
　心より厚く御礼申し上げます。
　無二の善知識にお会いできることは、難中の難なのに、その中、お会いできた私は、比べるものもないほどの幸せ者です。
　この無上の仏縁を大事にいたします。
]]></description>
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		</item>
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