これを知らねば『歎異抄』の“信心”は読めない (5/5)

〔解説〕本願成就文 ~親鸞聖人ならではの一大達見~
一切経で最も重要なご文である「本願成就文」の一節、「至心廻向」を、従来は「至心に廻向して」(まことの心で阿弥陀仏にさしむけて)と読まれていたにもかかわらず、親鸞聖人は、「至心に廻向せしめたまえり」と読み換えられ、全く異なった解釈をなされています。
なぜか。高森顕徹先生著『こんなことが知りたい』3(21)から学びましょう。
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9歳から29歳まで、
「定水を凝すと雖も識浪頻に動き、心月を観ずと雖も妄雲猶覆う」
と、泣きながら比叡の山で何とか自分の心をまことの心(至心)にしようと、命懸けに努めれば努めるほど、まことの心など微塵も持ち合わせていない真実の自己に驚かれた親鸞聖人は、
「いずれの行も及び難ければ、とても地獄は一定すみかぞかし」
と、悲泣なされ、『教行信証』信巻には、
「一切の群生海、無始より已来、乃至今日・今時に至るまで、穢悪汚染にして清浄の心無く、虚仮諂偽にして真実の心無し」
と、道破なされています。
まことの心を、まことの心で阿弥陀仏にさしむけよ、と言われても、ない袖は振られぬように私たちにできることではない。
そんな無茶なことを見聞知の阿弥陀仏が仰るはずがない。だからこのご文はどうしても、阿弥陀仏が私たちにまことの心をさしむけておられるということに間違いないから、
「至心に廻向せしめたまえり」
と、読むのが正しいと結論されたのであります。
このご文を、このように身読なされた親鸞聖人の読み方や解釈は、決して独断でも違反でもなかったのです。
その証拠には『大無量寿経』上巻の「重誓偈」には、
「我無量劫に於て、大施主と為りて、普く諸の貧苦を済わずば、誓いて正覚を成ぜず」
と、誓われ、何を施してくださるのかといえば、
「衆の為に法蔵を開き、広く功徳の宝(名号)を施す」
と、説かれていることによってもそれは明白でありました。
親鸞聖人は、これらの文証や体験を踏まえて、
「至心廻向」
のご文を
「至心に廻向して」
と、読まれるどころか、
「至心に廻向したまえり」
とも読まれずに
「至心に廻向せしめたまえり」
と、最も重い敬語を使用なされて、阿弥陀仏が、まことの心で私たちに、まことの心をさしむけておられるのだという、他力廻向の仏の正意を開闡(かいせん)してくだされたのであります。
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