前田町会館(親鸞会初の会館)時代

遠大な未来

Kさん

昭和31年ごろ、まだ、前田町の会館もできていなかった時のことが思い出されます。
  高森顕徹先生が突然、
「京都へ行こう。ついていらっしゃい」
と言われました。

先生のご法話のあと、私は目的が分からぬまま、ご同行させていただきました。
当時、大阪で働いていたHさん(故人)と合流するため、大阪まで電車で移動しました。そこからはHさんの車に、高森先生、深松顧問など、4、5人が乗り合わせて出発したのです。

行き先はなんと、新興宗教団体の本部でした。PL教団や天理教など、大阪、奈良、京都の建物を4、5カ所、1泊2日で、見て回ったのです。
  建物に入る前に、高森先生は、
「本尊を拝んではだめだよ」
とくぎを刺され、私たちは一向専念の教えを心に、乗り込みました。案内人から、
「これがご本尊です」
と紹介されても、もちろん、皆、手を後ろに回して、礼拝の真似事もしませんでした。

PL教団を訪ねた時には、女学生がいっぱい歩いていました。高森先生は近づいていかれ、五、六人を相手に、
「きみは何を思って、こんなものを信仰しているんだ」
と、質問しておられました。私たちは、どこへ行っても、ただもの珍しげに見ていただけでしたが。

1日目の夜、泊まった旅館で、
「先生、なぜあんな建物、見て回られるんですか」
とお尋ねしました。

すると、
「会館を建てる目標を今、考えているのだ」
とおっしゃいます。さらに、
「どのくらいの規模で考えておられるのですか」
とお聞きすると、

「1万人収容する会館だよ」
と答えられたのです。
「1万人ですか……?」

皆、唖然としてしまいました。まだ親鸞学徒300名ほどの時代、私たちには、とても想像できませんでした。

それが今や、現実になっています。高森先生は40余年も前に、遠大な未来を見通しておられたのです。

「一宗の繁盛と申すは人の多く集り威の大いなる事にてはなく候、一人なりとも人の信を取るが一宗の繁盛に候」(蓮如上人・御一代記聞書)

(浄土真宗の繁昌とは、人が多く集まり、威勢がいいことではない。一人でも信心獲得することが、浄土真宗の繁昌なのだ)

という信念で、親鸞聖人の教えを説き続けてこられたからこそ、その結実が今の2000畳となったに違いないです。

大変な方に会わせていただいたものだと、つくづく思わずにおれません。
仏法あっての人生。正本堂で獲信される人が、一人でも多く現れるよう、光に向かいたいと思います。

前田町会館の思い出9・実現した大法城

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